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隠れ家(「触れそうで触れない」「語る眼差し」おまけ)
20051025-1130

子供の頃は誰しも、自分だけの「隠れ家」を持っているものだ。
年齢だけでなく、もう子供とは言えない立場に君臨する解放軍軍主、アスフェル=マクドールがトラン湖城に隠し持つそれは、湖上にそそり立つ荒削りな城壁にわずかできた岩盤であった。
「隠れ家」からはトラン湖とその向こう岸に広がる盆地、そして分厚い山脈が一望できる。
ひょんなことからアスフェルの隠れ家を唯一知る人物となったお子様風使いは、そこが絶景と知って今や所有者自身よりも頻繁に訪れるようになっていた。
「お先」
今日もほら、世間知らずな毒舌家はアスフェルより先にここへ陣取って夕空を見ている。
アスフェルは、己が眷属たる風と戯れながら眺望を楽しむルックへ、親しみの込もった苦笑を返した。
「あんたも大概暇だね、また来たの」
「ルックこそ。ここは狙われやすいだの刺客から逃げにくいだのと言ってなかったか?」
ルックは涼やかに笑んだ。
薄い唇の端を三日月形に少し持ち上げただけだが、それが無愛想なルックにできる精一杯の笑顔なのだと、気付けば始終ルックを観察していたアスフェルは知っている。
「だから僕がいるじゃない」
冗談めかした物言いに、アスフェルは思わず失笑した。
「それは頼もしいな」
「もっと有難がっていいんだよ」
「これはこれは、逆巻き暴れる嵐使いの若殿は自意識過剰なことで、かたじけない。俺にはもったいのうございます」
アスフェルは中年帝国貴族を真似て謝した。
いくらか大ぶりながらもアスフェルらしい優美な仕草に、ふたり顔を見合わせて笑う。
「レパントの真似?」
「当たり。俺の認識ってこんなものだよ」
「いいんじゃない、あんたはそれで」
「どこが」
「ふてぶてしいところ」
「それって、もしかしてルックなりに褒め言葉のつもりだったりする?」
「不正解」
「ひどっ! ルックちゃんってば、一目惚れしちゃった俺のことなんか歯牙にもかけてくれねぇのかよーぅ!」
「次はシーナの真似?」
「それも当たり」
夕陽に照らされてふたり、ぽんぽんと会話を応酬した。
だが会話をしたいのではなく、ふたりとも本当は景色を眺めたいのだ。
会話は、あくまでもこの壮大な空の芸術の前に付随的なものであって、だからこそ他愛なく楽しめる気の置けないやり取りが心地よかった。
ほどなくして、ぷつんと声は途切れた。
何となくふたりとも押し黙って夕焼けを見続けた。
互いに、初秋の風は身に凍みるものの、寄り添ったりはしない。
アスフェルはルックを真似て、ルックはアスフェルを真似て。
身を包む大自然を前に、各々がひとり凛と顔を上げた。
己の在り様を、藍と紅の二重奏に乗せて確かめたのであった。


シーナはこのように芸のない男と認識されているみたいですね。