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実際の英雄(「憧れの英雄」おまけ)
20051007-1025

「――ということでですねぇ、ぼくはアスフェルさんにすっごく憧れてたんですよ!!」
「はいはい」
「なのに実際はルック以外眼中にないし猫被りの裏側は凶悪腹黒で性格ひねてるし、めちゃめちゃ運悪いくせになぜかちんちろりんは恐ろしく強いし!」
本拠地内を交易所へ歩きながら、リツカは隣で猫被りらしく婉然と笑むアスフェルにぶちぶち文句を垂れた。
最近のリツカは気が滅入っている。
ようやくグリンヒルを解放したものの、今度はマチルダがハイランドに降伏したという知らせが入ったのだ。
戦況は一進一退、戦争を重ねる度に増える死者を悼む間もなくリツカは戦うしかない。
もう数日したら次はグリンヒルを拠点にしてミューズを攻めることになるであろう。
いつもなら遠征と称して遊びに行きたいだのグリンヒル解放記念パーティーを開きたいだのと我侭を言って自身の気を紛らし、ついでに元気な盟主の姿を皆に見せることで軍の士気を向上させているリツカである。
しかし今回はグリンヒル攻防戦から間をあけずに次の戦争へ入ることを理解しており、シュウの妨げにならぬよう行動を自重しているようだ。
アスフェルはそんないじらしいリツカのため、ささやかな憂さ晴らしの対象になるくらいお安い御用だと思っていた。
「……リツカだからこれで許そう」
「いったーーーーー!!!!! 本気すぎ!!!!!」
アスフェルのでこぴんを食らって、リツカは額を押さえ大仰にわめいた。
「ちんちろりんは運じゃないよ。さいころの回転と茶碗の跳ね返りを計算して」
「理屈勝ちですか!」
「力の入れ具合が難しいんだけど、慣れるとあらしも簡単に狙える」
歩きながら足元から無造作に石ころを拾うと、こうやって、とアスフェルはさいころの投げ方を示した。
アスフェルの指先は何か特別な動きをしているように見えず、リツカにはどこに力を入れて投げれば思い通りになるのか見当も付かない。
リツカは一転してアスフェルに感嘆の目を向けた。
「やっぱり、ぼくアスフェルさんのこと尊敬するなぁ。駄目なとこもひっくるめて全部かっこいいんだもん」
羨ましげにアスフェルを睨むと、リツカは持ち前の陽気さでころりと笑った。
「仰せのとおり俺は不運だからね、運がなくても成果を出すには実力を付ければいいって思っただけだ」
アスフェルも冗談めかして肩を竦め、ぽんとリツカの頭に手を遣る。
くすぐったげな顔をして見上げてくるリツカの髪を、アスフェルは何度か撫でてやった。
「俺が付いてるんだから、リツカは百人力だよ」
「はい!」
「だから、リツカはリツカの信じる通りにやればいいんだよ」
「……はい」
くしゃりと顔を歪めて、リツカはそれでも笑ってみせた。
リツカは本当に良い子だ。
こんな子供が少しでも辛い思いをしなくて済むように、できるだけ力になってやりたい。
偽善者的思考と言われても仕方ないだろうが、リツカの笑顔がいつまでも続くようにと祈って、アスフェルは殊更穏やかに微笑みかけた。
できればすべてのひとを、見える範囲のひとだけでも、幸せにできるようになりたい。
少なくともひとり、必ず自分の力で幸せにしたいひとがいる。
リツカと一歳しか違わない想い人の寂しげな横顔を思い浮かべて、アスフェルは手を伸ばした。
蜻蛉が一匹、そっと止まった。


リツカもほだされてるんじゃない?