第3話 クリスマスディナー





広場には、中央に二メートルはあるもみの木が据えられていた。
金色のオーナメントがきらきらして予想以上に綺麗だ。
合い間に角灯がいくつか下げられており、中で蝋燭の灯りが不規則に揺れている。
頂上は大きな星の光。
その星からそれぞれの家の煙突へ綱が張られている。
綱には豆電球と交互にかわいらしい星形のベルが結わえ付けられていて、風で揺れるたび鈴音が鳴るのだ。
村中をひとつに繋ぐ小粋な演出である。
もみの木の周りには小ぶりのテントが二つ設置されている。
テント内でシチューなど火を使うものがふるまわれるらしい。
そしてテントの手前にテーブルが三つ、どれも所狭しとご馳走が並んでいた。
薄暗い広場を蝋燭と電球が暖かく照らす。
夢の世界へ迷い込んだような、幻想的な光景であった。
アスフェルは足元に目を配る。
雪は薄く積もっていたが、昼過ぎに止んだおかげでそう歩きにくくもない。
アスフェルはなるべく雪の固まっていないところへ恋人を導いた。
隣を歩くルックは五枚も重ね着させた白いセーターに黒のベスト、下は服の上から布を三枚巻きつけている。
実は昼間買ってきたうちのひとつがこの巻きスカートで、民族模様に織られた厚手の生地は下から赤、黄色、緑の三色であった。
さらに上から白いエプロンと、腰にゆったり結ばれたリボン。
足元はこれもまたちゃっかり買っておいたブーツで、茶色の毛皮の上部には羽があしらわれていた。
マフラーはもちろん寒がりなルックのために三重だ。またも赤、黄色、緑でバランスよく見えるよう丁寧に結んである。
布に埋もれた顔の上、頭部は白い羽毛の耳当てがふわふわと。
完璧だ。
アスフェルは目を細める。
隣の恋人は、どこからどう見ても祭りに興じる村のうら若き少女。
それもそのはず、昼間アスフェルは村独特の民族衣装を買い求めたのであった。
自分もお揃いの、といっても男性用だが、民族衣装をまとって、アスフェルはひどくご満悦であった。
「そうして見ると、ほんに村が栄えていた頃のようじゃなぁ」
午前中に具合を診た二軒隣のご隠居がアスフェルに話しかける。
アスフェルは会釈した。
この老人からもう着なくなった民族衣装を買い取ったのだ。
老人は嬉しそうに二人を見た。
「この地方は布をふんだんに使う格好だったのですね」
「もともと遊牧民じゃったからのう。持ち物はすべて身につけるのが習わしだったのじゃ」
「そうですか。華やかな色合いが、童心に返ったようで楽しいです」
「まだお若いじゃろうに」
老人に併せてアスフェルはにこやかに笑った。
珍しく掛け値なしの素顔である。
隣のルックに視線を移す老人は何やらたいそう感慨深げ。
しばらく見つめてから、去り際に「メリークリスマス」と言った。
「挨拶じゃよ。あなたに幸せが訪れますように、という意味だそうじゃ」
「メリークリスマス」
アスフェルも返す。
老人は矍鑠とした足取りで仲間との雑談に戻った。
その後すれ違う数名と挨拶、クリスマスツリーの前まで歩く。
「ねぇ、これって」
ルックがアスフェルの裾を引いた。
来たか。
アスフェルは整った笑顔で返す。
ルックの言わんとすることは重々承知しており、さらにアスフェルはそれを封じなければならない。
「何が食べたい? 一緒に取りに行こうか」
「この服、あの隠居爺が若い頃着てたんでしょ」
「ほら、ルック、七面鳥おいしそうだよ。丸ごと焼いたのを切り分けるんだ」
「あんたのが爺ので、僕のって爺の」
「シャンパンももらってこよう、もうすぐみんなで乾杯だから。度数はそんなに高くないしルックでも飲めると思」
「……」
「……ル、ルック」
アスフェルは強引に話題を転換しようと試みた。
しかしルックが黙り込んでしまったので、渋々首を上下に振る。
アスフェルの衣装は老人のもの。
ルックの衣装は、村小町であった老人の妻のものだ。
ルックはぶすっとした。
「ルック、わざとじゃなくて」
無理である。
アスフェルの天才的な誤魔化しを以ってしてもルックへは三回に一度しか通用しない。
ましてや今回は人前で着せることを想定していなかったのだ。
アスフェルは咄嗟に右手でルックの右手を握った。
「お揃いだし……」
確かに半ば意図的であったのは否定できないが。
一応男物を探したりもしたのだ。サイズが大きすぎたりアスフェルとお揃いにならなかったりして、アスフェルとしては納得のいくものがなかったのだ。
女性用の方が暖かいらしいし。
アスフェルは声に出さず表情で訴える。
ああ、手袋も必要だったか。指先がこんなにも冷たい。
(ごめんね、寒いの嫌いだよね)
ルックが拗ねていたのは一分ほどであったが、アスフェルには永遠に等しく感じられた。
出会った頃はそれこそ毎回、顔を付き合わせれば喧嘩ばかりしていた。
今でも喧嘩はしょっちゅうである。
だけどそのたび本当につらい。
心から大事に思う気持ちは日ごとに大きくなるのに、つらさも比例して大きくなるのだ。
好きになればなるほど苦しいなんて。恋愛はどこまで高めても際限がない。
「ごめんね、ルック」
ルックはじっとアスフェルを見上げている。
無言。
ルックへは目でものを言うほうが信用してもらえるから。
(ねえ、仲直りしようよ)
アスフェルは揺らがない翡翠を見つめ続ける。
まだ無言。
(ルック)
翡翠色がほのかに変わる。
さらに三十秒数えたあたりで、ふっとルックの目が緩んだ。
「……怒ってないよ」
「本当に?」
「あったかいから、これで我慢する」
「ルック」
「別に、あんたとお揃いじゃなくてもいいんだからね」
「うん」
「だからそんな情けない顔やめなよ」
よほど萎れていたらしい。
アスフェルの右手がぎゅっと握り返された。
しゅんと沈んでいた心が現金にも臨界まで浮上する。
「シャンパン、あっちじゃないの」
アスフェルの笑みを見たくないのか、掻き消すようにぐいと手が引っ張られた。
ルックはこちらに顔を見せないで先に歩く。
握られる冷たい指は、わずか火照りが差したよう。
アスフェルはあでやかに笑った。
素直じゃない恋人の最大限の譲歩は日ごとに大きくなっている。
今日は手を繋いでもいいのだ。
明日はもっと近づいてくれるだろうか。
「ルック」
アスフェルは後ろからルックの頭を抱え込んだ。
「ちょっと、何すんの」
「七面鳥を先に取ろう。それからあっちにサラダもあるよ。ブロッコリー好きだよね」
ありがとうの代わりに好きなものを。
囁きついでに、そっとこめかみへキスを。
ルックが一気に頬を染めた。
アスフェルは繋いだ手を弛めた。
「サラダ……多めに取って」
ぎゅっと強められるルックの右手。
もちろん、任せて。
ルックのためなら、何だって取ってくる。
未来も、希望も、新しい明日も。
ルックのためならアスフェルにできないことなんてないのだ。
「歩きにくいよ」
そっと手を離させて、左手でルックと繋ぎなおした。
ふたり並んで、広場を歩く。
乾杯の音頭が響く頃には温かい湯気と豪勢な料理。
村人とともにゆったりと、クリスマスディナーを迎えたのであった。







舞台はスイス、アルプス山脈をイメージしています。
ハイジみたいな民族衣装だとご想像下さい。
…ヘタレに磨きのかかる駄目英雄…。
私こんな男我慢できません…ルック偉いよorz

20051215