死んだように眠り続ける最愛の体を抱きしめた。
胸越しに感じる鼓動は弱々しく、耳先に彼の唇からほんの僅か息がかかるのだけが生の証のようだった。
短くなった髪がアスフェルの手の甲にさらりとかかる。
変わらない柔らかい髪に顔をうずめ、生きてくれ、と心の限り叫んだ。
昔もこうして、彼を抱いたことがあった。
アスフェルが解放軍を率いていた頃のことであった。
戦士の村でネクロードという吸血鬼に挑み、攻撃が全く通じないまま味方は全滅した。
何か特殊なバリアがかかっているとしか思えない奇妙な感触で、空気を相手にしているようだった。
自慢ではないが、今まで全滅したことがないどころか、戦闘不能者を出したこともない。
アスフェルは心身ともに打ちのめされた気がした。
ネクロードとの戦闘で毒を受け、ルックとクレオは村長の用意した寝室に臥せっていた。
クレオはあの通り頑丈な女だからすぐ良くなるだろう。
今まで何度も毒攻撃を食らって平然としていたし、長年の戦闘経験である程度は耐性がある。
心配なのはルックであった。
村の道具屋はちょうど毒消しを切らしており、間が悪いことにアスフェルたちの持ち合わせもない。
ルックの容態を見るとそんなに強い毒ではないようなので明日には回復すると分かっていたが、それでもアスフェルは不安で仕方なかった。
クレオは予想通りほどなく復活し、ネクロードに只ならぬ因縁があるというビクトールと三人で夕食後に飲んだ。
心配のあまり上の空になっていたアスフェルはビクトールに小突かれ、リーダーがそんなんでどうすると叱咤されたが知ったことではない。
そそくさと席を外し、ルックの眠る寝室へ向かったのであった。
ルックは額に大粒の汗を浮かべて、苦しげに喘いでいた。
顔色は白いを通り越して蒼白になっており、薄い瞼が震えている。
熱のこもった息でかさかさになったルックの唇を湿らせるように、水差しを口に当てた。
なかなかうまく飲んでくれず、水がルックの顎を伝う。
そっと舐め取って、汗の塩味が舌に乗ったところで我に返った。
ルックは眉を寄せたまま眠っている。
お湯で湿らせた布を顔に当てて汗を拭ってやりながら、アスフェルは指先にルックの髪を絡めた。
するするしたところと汗で濡れているところがあって、梳かすうちにだんだん手触りが良くなった。
愛おしくなり、何度も何度も撫ぜ続けた。
ルックの苦しむ顔は見ていて辛い。
早く良くなりますようにと神仏に縋る思いで祈り、ルックの細い体を抱きしめた。
彼が大事だと気付いた瞬間だった。
どう大事なのかは、まだ分からなかった。
彼と出会ってから二十年近くになるが、その間傍にいたのはほんの五分の一である。
自分といない時の彼が何を思い何に苦しんでいたのか、今となっては推測するしかない。
もしかしたら、このままアスフェルの腕の中で死んでしまうのかも知れない。
けれどどうか。
どうか生きて、聞かせてほしい。
君のためならどんなことだって実現してみせる。
君を想う力はそれほど強い。
今ならわかる。
今なら言える。
早く、良くなって。
一緒に生きよう。
奇跡を信じて、アスフェルはルックの体を抱きしめた。