第5話 プレゼント交換





「おやおや、仲のいいご両親だねぇ」
鍵を開けてくれた女将に頭を下げる。
女将はぽんと肩に手を置いてきた。
「あんたも大変だろうけど、頑張りなよぅ。どんな形でも親子の繋がりってなぁいいもんだからねぇ」
女将は同情に似た眼差しを向ける。
勘違いさせたのは自分だが、少々やり過ぎたようだ。
いい返答が思い浮かばないので、もう一度頭を下げた。
女将が階下へ降りるのを待って、ふたつあるシングルベッドのうち手前の方――そちらに二人分の盛り上がりがあるのだ――へ思い切りダイブする。
ごつんと肘が硬いところへ当たった。
「ってえ!!」
らしくない汚い言葉を吐いて、左側の男が飛び起きた。
頭をさすっているから硬い感触は男の額らしい。
ついでに隣も目を覚ましたようだ。
長めの髪をさらりと鳴らして、目をしぱしぱさせながら上体を起こした。
「…メリークリスマス」
今日専用の挨拶だと女将に教わったので、早速使用する。
どんな意味かはよく分からないがおはようとかこんにちはと同じだろう。
だが、左の男は思い切り青筋を立てた。
「…あれ、間違えた? ベリークライシス? メルー?」
右で溜息が吐かれる。
違うよ、と澄んだ声が呆れを響かせた。
「あのね。普通人の部屋にはノックしてから入る。いきなりベッドへ飛び込まない。あんたは本当に、相変わらずどうしようもないね」
「…うん」
どうしようもないのはその通りなので、とりあえず反省。
品のよいテノールも幾分苛立ちを滲ませて会話に加わる。
「ルック、この糞餓鬼にもうひとつ付け加えてやって。土足でベッドに乗らないって」
「あと、勝手に鍵を開けない」
「それから、肘鉄は控えるようにって」
「自分で言いなよ」
ふたりだって、相変わらずだ。
息の合うのも相変わらずだし、自分に優しいのも変わらない。
キキョウは満面の笑みを浮かべた。
「…アス、ルー、久しぶり」
両親のような存在のふたりへ、キキョウは再度飛びついた。
感動の抱擁とはならず、ルックを庇ったアスフェルに強烈な蹴りで妨害された。


キキョウが手紙を受け取ったのは先月。
これから北へ向かうと、簡潔な文面がしたためられていた。
同封された地図には山あいの小さな村。
山越えに手間取って多分二ヶ月ほどはこの辺りへ駐留することになるだろう。
暇ならおいで。
流麗な文字はアスフェルのものである。
その時南方にいたキキョウは猛スピードで船を乗り継ぎ馬車を乗り継いで、まさに疾風怒濤の勢いでここまでやって来た。
これを逃すとしばらく会えないのはわかっていたから、力の限りぶっ飛ばしたのだ。
今朝方ようやく村へ着いて、もう七時だというのにふたりはまだ眠りこけている。
これは起こしてあげても問題ないだろう。
キキョウとしては非常に賢明かつ親切な行動だと思ったのだが、人心はまだまだ難しい。
キキョウは紅茶を飲みながらパンにジャムを塗った。
「人心って、よくそんな単語仕入れてきたね。あんたにしてはハイレベルなんじゃない?」
キキョウの隣に座るルックは、ホットミルクを飲んでまだうとうとしている。
寝ぼけていても毒舌は健在だ。
キキョウの向かいでアスフェルがウインナーをフォークで転がした。
「ルックって、何でキキョウには甘いかなあ。いいかキキョウ、女将さんに結婚よりも深い絆で結ばれた夫婦の子供ですとか、妙な自己紹介をするな」
アスフェルは分かりやすい。
前半は穏やかな声音、後半は粗雑な口調としっかり使い分けられている。
本当に、相変わらずである。
「…合ってない?」
「結構違うな」
キキョウの自己採点を一刀両断して、アスフェルはフォークをウインナーに突き刺した。
アスフェルの耳朶を飾るのは、彼がいつも付けている大きなダイヤモンドの耳飾りだ。
耳たぶからはみ出すほど大きいダイヤはアスフェルの瞳によく似合う。
キキョウは隣の耳元を窺った。
ルックは今まで何も付けていなかったはず。
それがどうしたことか、今日は淡い金色の耳飾りが煌いているではないか。
小粒のダイヤが埋め込まれた楕円は角度によって桃色にも見える。
肩を越えた長い髪に隠れているが、ルックが動くたびちらりと光るのだ。
「…ルー、それ」
キキョウは我慢できずに指を伸ばした。
ルックがぱっと耳を塞ぐ。
「見ないで、言わないで!」
ルックは頬から耳から首のあたりまで、かわいそうなくらい真っ赤になった。
「…アス」
「ルックがそう言ってるから、俺も内緒ってことで」
ルックはそっぽを向いてしまい、アスフェルは苦笑してコーヒーを飲み下した。
似合うだろう、とその目が雄弁に語っている。
キキョウは首肯してアスフェルの気配を探った。
朝からキキョウが苛立たせたにしては落ち着いた気配である。
感情をよく映す黒曜の中は穏やかな東雲色。
これはだいぶ機嫌がいいなと察して、キキョウは向かいの皿からトーストを一切れ奪った。
「…一昨日から何も食べてなくて。急いで来たから」
これは本当のことだ。
こんな豪雪の中、ろくに休息も取らなかったのだ。
ただし、すでに女将さんからシチューを二皿いただいたことは黙っておく。
アスフェルは目を細めて仕方ないなと笑った。
「サービス」
何のことかと瞬きしたら、アスフェルはスクランブルエッグをスプーンで掬ってトーストの上に乗せてくれる。
優雅にウインクしてくれたアスフェルへ、キキョウはとろんとした声音を返した。
「…アス、大好き」
卵の甘みとトーストのバターが絶品だ。
キキョウは目元をほころばせた。
すると隣から、そっとルックの分のトーストが皿へ寄越される。
「…ルーも大好き」
「じゃなくてルック、それくらい食べなきゃ駄目」
「食欲ないから。キキョウ、食べていいよ」
「良くないの! ルック、朝食べなきゃ栄養にならないよ」
「嫌」
「ルック!」
「…いただきます」
ふたりとも、本当に、相変わらず仲が良い。
キキョウはさっさとルックのトーストを頬張った。
あっ、とふたりの声がハモった。
この快い空気だけは、どうか変わらないように。
ふたりがこれから行くところをキキョウは多少知っている。
ふたりが挑む、その目的も。
キキョウは自分が一番の協力者だと自負しているから、できれば付いていきたいのだが。
直接的な関与などふたりは望まないだろう。
だからせめて、近くの地からサポートをするつもりで駆けつけたのだ。
どうかふたりが無事であるように。
キキョウはできる限りの気持ちを込めて精一杯笑った。
「…大好き」
アスフェルが頭を撫でてくれる。
ルックが口許を緩めてくれる。
大好き。頑張って。また会おう。お幸せに。
どんな意味でも含有していそうな言葉を選んで、キキョウは間違わないよう発音した。
「…メリー、クリスマス」


愛すべきふたりへ、祝福を。
すべてのひとへ、幸いを。

前進するものたちへ、メリークリスマス。







お題、終了!
5日間お付き合いいただきありがとうございました!!
食物⇔言葉の交換に、最後がお前かという4様オチ…。
季節お題は幻水世界に融和させるのがなかなか難しかったですが、でも楽しかった!
あと1週間でクリスマスです。
皆様にも、メリークリスマス!!
クリスマスにぴったりのお題をいただきましたDearestさま、ありがとうございました。

20051217