カスミは動揺していた。
オニールによって、衝撃的な情報がもたらされたのだ。
もちろん彼女が想いを寄せる、若き解放軍軍主アスフェル=マクドールに関してである。
何と、夜をともにする相手がいるという。
オニールに大枚はたいてその相手を突き止め、カスミは落涙した。
衝撃的な人物であった。
そう、カスミとてクレオやカミーユなら納得できるのだ。
彼女らは早くから解放軍の一員として活躍するのみでなく、クレオなど特にアスフェルの信頼を受ける腹心の部下として皆が一目置く存在である。
クレオやカミーユや、お色気むんむんのジーン、お茶目でかわいいメグ、天然ぼけぼけ少女ビッキー、きりっとした立ち姿が魅力的なバレリア、などなど……。
相手が女性だったなら、まだ納得できたと思うのだ。
以下、オニールの情報より抜粋である。
「私の仕入れてくる噂話に間違いはないわよー。アスフェルのお部屋から、早朝まだ日の昇らないうちにこっそりと、あの毒舌魔法使いルックが出てきたのを確かに見た人がいるのよ!!」
カスミは打ちひしがれた。
せめて本人の口から確認するまで噂はただの噂と、己を鼓舞するしか、カスミには残されていなかった。
カスミはさりげなくターゲットへ近付き、強引に話題を持っていった。
「あのですね、アスフェル様と、その、……寝た、んですか……?」
「うん」
何でもないことのように軽く首肯するのは、やっと二人きりで話すチャンスを作り出すことに成功した噂の石版守、ルックである。
周囲に禿老人がいたり放蕩息子がいたり噂の本人がいたりと、なかなか問い質すチャンスが訪れなかったのだ。
それでもいきなり核心を突いてはまずかろうと、天候の話や軍隊の心得など前振りの雑談に心を砕いて、ようやくの本題。
随分あっさりとした返答に、カスミは呆然とした。
「……ええと、おふたりは、そういう関係で……」
「?? そういうって何さ」
「ですから、あの、ルックさんが、その、……受け、なんですよね?」
「有卦?」
「ええと……ヤられる方っていうか、襲われる方っていうか……」
先ほどまでの話題とは打って変わって察しの鈍いルックへ、カスミはしどろもどろに言葉を紡いだ。
(何で私、こんなことまで聞いてるの!?)
カスミは半泣きである。
ルックは聞きなれない語にきょとんとした後、すぐ頷いてみせた。
「そうだよ、知ってたんだ。突然だったし、痛くてもううんざりだったけど」
腰の辺りをさすりながら、顔をしかめてルックは言う。
いくら何でもあんまりな開放的発言だ。
座り込みそうな膝を叱咤して、カスミは最後の気力を振り絞った。
「それで、あの、そういうのはいつから……」
「昔から頻繁だよ」
「……そんなに、寝ていらっしゃるんですか……?」
「え? そっち? ……うん、何度かつい、ね」
ルックは照れくさそうに口元へ指をやった。
幾分ほてった頬まわりが、熟れた桃のように瑞々しい。
さすがのカスミもその艶かしさにくらりとなって、さらに聞きたくなかったルックの言質を取ってしまった自己の至らなさを深く嫌悪して、いよいよ眩暈に悩まされる。
「……大丈夫?」
そっけなくもどこか気遣わしげに掛けられたルックの声が、確かにカスミよりもずっとかわいらしい。
それでも本人に直接確かめるまでは信じないと、カスミは礼もそこそこに最上階へ突っ走ったのであった。
アスフェルの私室は、警備が厳重である。
しかしロッカクの忍であるカスミからすれば、気付かれずに潜入することなど朝飯前だ。
カスミは屋根裏へするりと上って、アスフェルの部屋の真上で聞き耳を立てた。
部屋ではアスフェルとマッシュが何か話しているようであった。
マッシュの諌める声が耳に届く。
「……ですから、警備兵も困り果てておりまして……」
「いいじゃないか、ガキのひとりくらい」
「まあルックだからいいようなものですが……。やはり夜中軍主の部屋でというのは……」
「仕方ないだろう、ルックが勝手にヤり始めるんだから」
「……アスフェル様……」
マッシュはほとほと弱ったという口調でテーブルへ両手をついたようだ。
椅子を引いてアスフェルが立ち上がり、戸棚を開ける音がした。
「ほら、これが証拠だ」
ばさりと写真か何かを置いたような音が響く。
「俺もルックも純粋なんだ。わかってくれ」
アスフェルの声音はえらく真剣である。
ぱらり、ぱらりと紙を捲る音がしばらく続いた。
ややして、嘆息とともにマッシュが背を椅子に預ける。
「……わかりました」
観念したといった風のマッシュに、アスフェルは笑みを返したようだ。
いくらか雰囲気の柔らかくなったマッシュが部屋を退出する旨を告げた。
二人分の足音が移動する。
扉の閉まり際、マッシュはやや砕けた調子でアスフェルに尋ねた。
「だいぶ楽しんでおられるようですね」
「ああ。一言でいうと、快感だな。ぞくぞくする」
淫猥な、低い声。
マッシュは含み笑いを残して去っていった。
(――快感)
否定材料がひとつもなくなった。
カスミは、男に負けて失恋したのだ。
大声で泣きたいのを堪えて、カスミは濡れた顔のまま屋根裏から屋上へ上がった。
声を殺して、すすり泣いた。
かっこよくて優しくて、素敵なアスフェル様。
隣に寄り添いたかったけれど……もっと自分を磨いて出直します。
再戦の誓いを立てて、カスミはひとり、水分が枯れるまで泣いたのであった。
アスフェルが屋根裏の来訪者を悟っていたとは、気付く由もなかった。