不自然な接触





烏猫が石版の上に飛び移って、子供たちがけたたましく騒ぎ始めた。
どっちも自業自得じゃないの、とは思ったものの、高さに震える猫の毛並みがあまりにも黒く艶やかで、まるで最近仕えることになった天魁星の瞳のように濡れて見えたのだ。
一月ほど前に魔術師の塔から出たばかりで、師の魔力に覆われていない場所での細やかな魔法は完璧に操り切れる保証がない。
仕方なく、ルックは自室から本を担いで猫を救出することにした。





天魁星の、ソウルイーターを継承したばかりの少年は、紋章のそれよりもっと濃い漆黒の瞳をしていた。
紋章を凌駕する深みをもち、奥で黄昏の群青と暁の紅色が光る。
その眼はどれだけのものを許容しているのか計り知れないところがあって、見つめられれば己も内包された一部なのかも知れないと不思議な感覚で満たされた。


黒は、ひたすら塗り込めて隠すための色ではない。
すべてを包容する色なのだ。


自身にはないその色が、ルックを惹き付けた。





ルックは助け出した黒猫を抱えてゆっくり本の上にしゃがんだ。
黒猫はおとなしくしてくれているが、それでもかなり重い。
いざとなったら受け止めようとしているらしく、体制を整えながらアスフェルがこちらを見上げていた。
この男の常にして穏やかな雰囲気ながら、今は一人と一匹を守ろうと精悍な顔立ちである。
心強いような肩の荷が下りたようなくすぐったい気持ちになって、こういう状態を書物で読んだことがあるとその名称を思い出すべく目線を上にやったまま、ルックは片足を椅子に降ろそうとした。
両腕が黒猫で塞がっており、結構な重みを支えなければならないので上りよりも困難である。
不安定な姿勢にぐら付いたその時、急に足元へ衝撃を感じた。

「お兄ちゃん、ありがとう!!」

「わ……っ」
「ルック!!!」

体が不自然な角度に浮いた心地がして、次にすとんと広げたアスフェルの腕に落ちた。
喜んだ子供がルックの足首へ飛び付いたのだ。
黒猫はするりと平衡を失ったルックの手を抜けて飛び降り、そのままどこかへ逃げてしまった。
一寸遅れて椅子の上に積み上げていた本がどさどさと崩れ落ち、ルックの足を掴んで呆然としていた子供が火の付いたように泣き始めた。


周囲で事の成り行きを見守っていた数名の兵士らがざわついて、猫を追いかけていた子供たちも我に返り口々に騒ぎ始めた。
「怪我はないですか、アスフェル様?」
軍主を心配する兵士に大事無いと目で答え、アスフェルは子供らの方へ顎をしゃくる。
察した兵が宿屋へマリーを呼びに急行し、ややして走ってきたマリーが泣きじゃくる子供を宥めて抱き上げると、側で身を寄せ合っている子供たちを大声で叱りつけながら一階へ連れて行った。
その間ずっとアスフェルの胸に埋もれたまま、ルックは身動きできなかった。


ぎゅっと力を込められて、アスフェルの胸に押し付けられる格好になる。
「……大丈夫?」
固まっていたルックへ、優しくアスフェルが問い掛けた。
アスフェルが腕の中のルックを覗き込むように首を傾けたので、長めの前髪がルックの頬にさらりとかかってこそばゆい感じがした。
黒曜の双眸は眼前にあり、窓から差す初夏の光を受けて紺碧に煌めく。
こんなにも間近でその瞳を見るのは初めてで、奥で白く光る闇色を食い入るように見詰めてからルックははっと視線を逸らした。
気まずい思いでさらに身が強張る。
「ルック、軽いね」
なぜか抱えたルックを離そうとしないアスフェルが、悪戯っぽい笑みを口元に刻んで言った。
「ちゃんと食べてないんじゃないか? よし、今日は俺と一緒にレストランへ行こう」
「なっ、ちょっと、あんた」
「軍主命令で」
勝手に決めるとアスフェルは朱を上らせたルックの頬に鼻を押し当てて、咄嗟にぎゅっと目を瞑ったルックの、サークレットの飾られた額へ自らの唇を押し当てた。
「何す……っ!!」
「頑張ったね、ご褒美」
いついかなる時も次の戦争に備えて体力を付けなさいと詠うように述べ、ルックの反論を封じてアスフェルはおかしげに笑った。
なぜだか上機嫌なアスフェルの心境を汲む余裕もなく、まだアスフェルが解放軍のリーダーでなかった頃に見せたきりの朗らかな笑顔に押され負けて、ルックは軍主命令に従いアスフェルとともに昼食を摂ったのだった。


触れられた頬が、額が、灼けるように熱かった。
アスフェルの優雅な曲線を描く口角にばかり目が行って、料理の味もとりとめない話もほとんど頭に入らなかった。








お題第2弾はこっぱずかしさ満開でお送りします!!
にこいち(って言う?2つで1つ??)になっておりますので、2話セットでお楽しみ下さいましv…てゆうか、1話だけだと何だか読みにくかったりするかも知れない…あわわ。
このネタはベタベタにありがちですが結構昔から妄想していて、猫とルックって組み合わせが大好きなのです。
ルックに似合うのはやっぱり黒猫か灰猫!!
色白さんには濃い猫が映えるよね!!(妄想暴走)

20051015