同盟軍の酒場は賓客を迎えいつになく盛況であった。
三年間音沙汰のなかったトランの英雄ことアスフェル=マクドールが個人的にではあるが協力を約した日、ビクトールやフリック、シーナといった解放軍時代からのメンバーは旧交を温めようと早速アスフェルを酒場へ招待したのである。
すでにいくらか飲んでいたビクトールが赤ら顔で機嫌よく枝豆をつまむ横で、アスフェルも久しぶりの気が置けない面子に顔をほころばせていた。
今まで何してたとお決まりの小言を互いに聞かせ、特に戦後主たる重鎮が悉く去ったなか英雄の志を継ぎ共和国を築いた父親の補佐で文字通り寝る間もない三年を送ったシーナの恨み言を、めいめいが甘受させられた。
次いで三年の間にまた増えたビクトールの奇妙な交友関係やフリックの気苦労を肴にひとしきり飲み、ややして話題は解放軍時代の思い出に移る。
フリックの不幸な出来事一〇八篇を数え上げ、シーナの恋愛遍歴を揶揄した辺りで、昔話から現在のアスフェルに飛び火した。
「で、アスフェル、どうなんだよ」
シーナがにやにやしながらアスフェルを正面から覗き込み問うた。
見つめ返して小首を傾げるアスフェルに、シーナは右手の人差し指を立ててみせる。
「カスミちゃん。お前、またフッたんだってな」
「別に告白はされてないよ、言いたげな雰囲気ではあったけれど」
「言わせなかったのはてめぇだろがっ。同じ人に三年で二度もって泣いてたぜー」
「シーナが慰めたならそれでいいだろう」
「冷たてーなぁ。相変わらずルック以外にゃ興味ナシ、か?」
「そ、そんなこと……!」
ルックの名が出たとたん声が裏返るアスフェルに、聞き耳を立てていたビクトールとフリックもつい口元が歪んだ。
「何だ何だアスフェル、お前もいっちょまえに照れるようになったか! がはは!」
「昔から可愛げのないガキだったが、アスフェルもついに大人になったんだな。感無量だ」
「大人って、フリッ……!」
アスフェルが取り乱している様子なぞ初めて拝むとビクトールが祝杯代わりに手近にあったフリックの酒を一気飲みし、フリックはフリックで斜め向かいに座るアスフェルのグラスに並々と酒を注いで強引に飲ませた。
相当焦って噎せているアスフェルにここぞとばかり付け込んだシーナが、猫なで声で促した。
「な、アスフェル、吐いちまえよ。やっぱりルックが好きなんだろ?」
「好きっていうか……」
「そら、もっと飲め!」
完全に酔いの回ったビクトールが遠慮なくアスフェルの頭を撫で回し、さらに首根っこを捕まえて酒瓶ごとアスフェルの口に突っ込んだ。
酔うと眠くなる体質であるフリックは眼前の光景に笑い転げながらうとうとし始め、結局一瓶を開けさせられたアスフェルは仕返しとばかりビクトールに飲ませ返した。
「だから、好きっていうより……」
酒のせいか久しぶりに心安い連中と過ごすせいか、いつになく饒舌なアスフェルは自分で話題を戻す。
「うん?」
「放っとけないっていうか、気になるっていうか」
好きなんじゃん、という突っ込みは声にせずシーナは相槌だけを打った。
「グレミオと二人でいろんなところを旅したけど、この指輪似合いそうだとか、この景色見せたいなぁとか、つい考えちゃってたりして、そよ風が吹くだけでも懐かしくって」
声色が心なしか幼くなってきた。
「新しい天魁星に仕えるのはまぁそれが仕事なんだし仕方ないけど」
ゆっくり上体をテーブルに伏し、上目遣いでシーナを見上げる。
「こっちはずっと気にかけてたのにリツカたちと楽しくやってたんだなとか、ああ、いや、それより三年ぶりに顔見たら前より綺麗になっててびっくりした……」
ほぅ、と切なく息を吐きアスフェルはこっそり呟いた。
「また会えて嬉しかった……」
それきり、怒涛の勢いで杯を重ね始めた。
要領の良すぎるビクトールはレオナにもっと強い酒を出させようとカウンタに行ってしまい、フリックは夢うつつな表情でぽやんとしていて、ひとり固まったシーナはどこにも視線を定められず下を向いた。
と、とんでもないこと、聞いちゃった?
フォローしなくてはとナンパで培ったテクを総動員し、頭をフル回転させてとりあえず言えたのは、
「俺も、こうやってお前と久しぶりに飲めて感動してんだぜ」
という、何が言いたいのかよくわからないまったくの失言であった。
後日、ほとんど記憶のないフリックはさておき復讐やら八つ当たりをされないかと怯え続けたビクトールとシーナであったが、沈黙を約束することで命拾いしたらしい。
しかし、三年前より明け透けなアスフェルの態度に、噂が広まるのはそう長くかからなかったという。
ここから、ルック親衛隊とアスフェル信者との死闘が水面下で開始されたのであった。