2月14日、バレンタイン。広がるのはチョコの甘い香りと、女性たちの熱意……ではなく。


一日遅れのバレンタイン


「リィナさん、受け取ってください!」
「ジーンさんはどこだーー!!」
野太い声が行ったり来たり。あちらこちらで声が上がっている。
それを聞きながらルックはため息を一つ。
「うるさい……」
「そうだねえ。思ったより盛り上がってるみたい。うん、平和だね!」
じとりと自分に向けられる視線を振り切るようにしてヤナギは会話を続ける。
「なかなか好評みたいだよ?今年は男がプレゼントを送る日にしちゃおうっていうの。お返しは本命のみに!って決めたから受け取る人も楽だしね」
「でもうるさいものはうるさい。石版前に立ってることすら出来ないなんて信じらんない」
「あー、人通りすごいから……たまには休憩したっていいんじゃないの?今日はみんな走り回っているから食堂も空いているし、デザートは安いし、良いことずくめじゃない」
「良く言うよ。だいたいこんなこと言い出したのもナナミにチョコを作らせないようにするためだろ」
「あ、気づいてた?ナナミには黙っててね」
「………ザッハトルテ」
「……まだ入るの?」
「当然」
で、どうなの。頼んで良いの、駄目なの。目は口ほどに、とはよく言ったものだとヤナギは思う。
「どうぞ頼んでください……」
どこにそれだけの質量が、というかそれだけのカロリーはどこに消えるのか。ルックの細い体からは想像もつかない。だいたい食事は平気で抜くくせに、それってどうなの。日頃の少食ぶりと合わせてプラマイゼロ?そんなはずあるか。


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「ああ、カミューは喜んでたよ」
「え、なに?」
「今回のこと。毎年大変だったんだってさ。今日はやけに爽やかだった」
「人気あるもんね。フリックも喜んでたよ」
「ニナに追いかけられずにすむからか」
「そ。ニナがそんな大人しくしているはずないと思うけど」
「確かに、あいつがチョコ渡すまで張り付くくらいやりそう」
「あはは、だよね〜〜っと、シオンさん?」
「久しぶり。すごいことになって………」
途中で言葉を止めたシオンさんはルックがつついているザッハトルテを凝視している。ちらりと視線を上げて久しぶりだね、と言ったルックも不審そうにシオンさんを見上げている。そういう僕もルックのことは言えないけど。
「食べたいんですか?」
「え、いや、そういうわけじゃ」
「遠慮しなくていいですよ?ルックにも奢りましたし、シオンさんも一つくらいなら」
「ヤナギにたかる気はないって。あ、これヤナギがやったのか」
「別に無理やり奢らせたわけじゃないよ。こいつが良いって言ったんだからね」
「はいはい、っと…じゃあまたな」
「シオン……あんた何しに来たの?」
「ちょっと近くまで来たから寄っただけ。グレミオが帰って来いってうるさいから今日は帰る」
「まだふらふらしてるんだ。いい加減やめたらいいのに」
「あーーまだとうぶん無理かも。じゃあなルック、ヤナギ、また」

数分足らずの訪問。相変わらずマイペースな人だなあ。でも少し違和感。顔を見せに来たってのは嘘じゃないと思うけど、なにか…
「あ!」
「なに急に」
大声を上げた僕をルックが煩わしそうに見る。こういうとこ酷いよねルックは。ヤナギは少し落ち込む。
「今日はバレンタイン。ルックがチョコレートケーキを食べている。それは僕がルックに奢った、もといあげたもの」
「それがなに」
「誤解はしないだろうけどさ、ちょっと面白くなかったのかもしれないなって」
「……?」
「だからさー、やっぱり世間一般として今日は好きな人にチョコを送る日な訳だから。あ、そういえばルックはシオンさんにあげないの?」
「な、なんで僕が!やだよ!」
「たまにはいいじゃない。せっかくお菓子作り上手いんだからこういう時に活かさないでどうするの」
「え、自分で食べるときに…」
「違うでしょルック!あーもう、なに言ってるのこの人。信じらんない。ルック!駄目だよ駄目、絶対駄目!今から、もうこの際簡単な生チョコ一個でもいいからさ、作って、それで明日一日休みあげるから持ってくこと!」
「……それは軍主命令?」
嫌そうに聞くルックに、勢いのまま「そう、軍主命令!シオンさんのご機嫌とって来て!」と口走り、気づいた。
ルックの頬がほんのり赤らんでいることに。命令と聞いて安心したような嬉しそうな、なんとも言えない小さなため息が漏れたことに。


命令じゃあ仕方ないね良いよ作ってあげる感謝しなよ。早口に言って立ち去るルックを目で追いながら、ヤナギはやれやれと首を振った。
「素直じゃないよねー」


翌日。
「あれ?今日はルック君いないね〜」
「ほんとだ。どうしたのかなあ?」
「あっ、さっき四角い箱持って歩いてるの見かけたよ!声掛けたら転移しちゃったけど」
聞こえてきた少女たちの会話に、ヤナギは満足そうに笑みを浮かべた。



主役はもはや坊ルクではない。当日間に合わなかったので坊っちゃんは美味しい思いが出来ませんでした。
んーとこれも一応イベント物だしフリーってことで。いるのかこんなNot坊ルク。





ご恵贈:午睡さま→


ありがたくも弊サイトへリンクを貼って下さいました香夜さまより、バレンタインSSを強奪してまいりましたv
実は私ヤナギくんが大好きでして(もちろんシオン坊様も大好きですよー)ルックとヤナギくんの癒し系ツーショットに心ほかほかでございます。
香夜さまありがとうございます、今後ともどうぞよろしくお願いいたします!!

20070221