背中合わせに立ってみる。
肩甲骨をぎゅっと押しつけ、臀部をぴったり触れさせて、後頭部はちょうど目の上にあたる位置でごっつんこ。素肌が互いにやや湿っている。
「ぴったり、おんなじだよ〜」
「トクベツなことした覚えはねぇんだけどな」
先に服を着、髪をタオルでぞんざいに拭うリヒャルトが、自慢の正確な視力でもって、二人は踵から旋毛の高さまで寸分違わず揃っていると証して寄越す。ロイは笑みを誤魔化すように指で頬の下を掻いた。
「でも本当に同じだね。腰の高さも」
カノンも腰へ合わすのと反対の手を顎の下へ当てている。
手を顔のどこかへ遣る癖、耳周りの髪を梳くやり方も、似せる前からどこか似通うカノンとロイだ。体型や足の大きさのみならず薬指の太さに至るまで二人のサイズにはほとんど違いが見られない。目の色と髪の色、よく見れば肌の色。違いはカラーリングくらいだ。
「実は双子だったりしてね」
カノンはのんびりとした口調で戯れる。背中に流れるロイの茶髪をくるくると人差し指に巻きつけてみたり、ぺちんと尻同士をぶつけてみたり。
「オレとお前がかぁ? ありえねーよ」
「そう?」
「だってカノンは、……何でもね」
「? ロイ」
「いーからとっととその服着ろって!」
カノンが不安げに向き直る前、ロイは衣類をカノンの背中へ投げつけた。ロイの着用している黄色いスカーフがひらひら床へ舞い落ちる。続いて他のも散乱するのをカノンは慌てて拾い集めた。
風呂上がりにたけくらべを始めたのはカノンから。互いに素っ裸で背中を合わせ、ついでに服を交換してみよう、だなんて。カノンはたまに突拍子もないことをやりたがる。
ロイはもはや着慣れてしまったカノンの衣装を身に着けた。カノンは初めて、ロイの普段着へ袖を通す。
「わ、王子さま、レインウォールの子供みたいだよ〜」
「似合うかな」
「うん。かわいい」
スカーフを首へもどかしそうに結わえつつ、カノンはくるりとロイらしくなった身体を回して披露した。リヒャルトがタオルを引っかぶったまま素朴な感想を端的に述べ、ロイもカノンをまじまじと見る。山賊には身鏡など入手しようがなく、また必要もないものだった。つまり、ロイは水面へ映る波打った姿でしか己を知らない。
「んー、リヒャルトの言う通り、ちょっとガキっぽく見えんな。オレもこんな感じ?」
「ロイが着るともうちょっとすばしっこそうなんだよね〜」
「それって、リヒャルトには僕はのろまに見えてるってこと?」
「二人とも僕よりずっと遅いよ〜。棍は剣より振りにくいのかな」
カノンは邪気なくリヒャルトへ問い、リヒャルトも食えぬ返答でかわす。これで互いに無意識なのだ。傍で聞いているロイなどはどこまでが嫌味でどこからが風刺なのか、いや、どちらも純粋に皮肉を言ったつもりがとんとないからこそ、勝手に裏を想像してはぞっと寒気を覚えるのである。
カノンにはそういうところがある。人をどきりとさせる物言いだ。人は後ろ暗いところがあるもので、カノンはそこを明るく照らし出してしまう。要するに神々しさというやつだ。ロイなどにとっては時に眩しすぎて厭わしいくらい。これが王家の血筋なのか。
しかし、カノンに似せようとしているロイの方はサイアリーズも謀れるくらいそっくり似ているにも関わらず、カノンがロイの服を着てもまるでロイっぽく見えなかった。顔かたちはこんなにも似た二人なのに。
「あー、あれだ、これで鬘かぶりゃあフェイロンまでは騙せんじゃねぇか?」
ロイは発破をかけてみる。が、すげなく返してくるのはリヒャルト。
「それは無理なんじゃない?」
「何で」
「王子さまの方がかわいいから」
「――はぁ!?」
「ロイは目つきが違うでしょ。殺気」
リヒャルトは真面目にさらりと答えた。殺気とは、実に剣王らしい分け方である。そんなに飢えて見えるだろうか。ロイは瞼へ手をあてがった。
「カノンはどうだ、フェイロンよりチョロそうなダインあたり、やってみっかぁ? 相手が騙されたらけっこうすかーっとすんぞ」
「ううん、やめておく」
「ンでだよ」
「僕はロイみたいにうまく真似できないよ。ロイは演じるのに向いてるんだね」
「……あぁ?」
予想外の、切り返し。ロイは再び髄を凍らせた。
こういうところが厭わしいのだ。思ってもみなかった自身を指摘され、よって初めて、ロイは王子の物真似をすることに楽しみを覚えているのだと知らされる。命を賭ける影武者業そのものにではなく、影武者として誰かになりきること。確かにロイは危険さを超えて楽しんでいる。
隠していた臍の緒をあからさまに引っ張り出されたような居心地の悪さは認められた喜びとない交ぜになり、ロイはただ苦笑することでカノンの言へやんわり応じた。
カノンはロイと同じように、首の裏を人差し指で掻いている。そのままぴいっと髪を一房引っ張って、くるんと指先に絡ませながら、軽く何度か足踏みをしては空を蹴る。蹴り上げた足がやや長く見えた。こういうさりげない仕草に出る美がカノンの特長か。
「この服、意外と動きやすい」
「ロイはねずみだからね〜」
「あ、納得」
「どこがだよ!?」
カノンが三節棍を振るう仕草をしてみせた。構え、繰り出し、無駄のない体裁きから正確な突き。動きやすい、ともう一度呟いて、カノンはリヒャルトの隣へちょんと腰掛ける。
苦労してふくらはぎを膝の上へ行儀悪く乗せるカノン。どうにもきまらず、ちぇっと頬を膨らませるのがやはりロイに生き写し。
「おらリヒャルト! ジュースじゃなくて焼酎持ってこいって、なんっべん言わせんだバカヤロウ!」
「……に、似てなさすぎるかなぁ〜」
「……えっ」
「……」
「……」
「……」
三人同時に、腹を抱えて爆笑した。