終戦





崩れ落ちる儀式の地。
真の五行の紋章から放たれた大きすぎる力は、断続的に激しく地を震わせていた。
まっすぐ立っていられない揺れの中、瓦解してゆく壁の隙間から晴れやかな青空がのぞく。
この場に不釣り合いな青を見ていたらうっかり立ち止まっていたらしく、仲間に脇腹を小突かれて我に返った。





ああ、この空虚感は何なのだろう。





後から後から襲い来る魔物に辟易しつつ、ヒューゴはようやく皆の待つ入口に戻った。
そこで待機していたシーザーやアップル、無事に脱出できたらしいトーマスたちと目を見交わす。
すでに内部で起こったことを聞いたらしい見張りの兵士らが歓声を上げて飛び付いてきた。
ひとしきり褒められ抱き付かれ、ほんとうによくやったと胴上げされて、高くなった視界の先に珍しいシーザーの会心の笑みを見た。
ようやくヒューゴは勝利を実感した。


入口付近も崩れる危険があるというので被害の及ばない草原まで移動した。
「良かったですね」
トーマスが寄ってきた。
ササライが負傷したようだが、他にひどく傷ついている者はいない。
長かった戦いに終止符が打たれたことを皆喜んでいる。
そういったことを馬鹿丁寧に話した後、煤だらけの顔で「良かったですね」と再び繰り返した。
「ほんとうに、これで良かったんですよね……」





すっきりしない。


彼らを倒して、グラスランドの安寧は守られた。


オレは炎の英雄の志を継いで、カラヤとすべてのグラスランドの民を守ってゆくだろう。


人は生きるために生まれてきたんだ。
理不尽な死から人々を遠ざけ、争いのないグラスランドを築くことがオレの偽りない気持ちだ。
それは本当だ。


なのにすっきりしない。


結局戦うことでしか救えなかったのか。
オレは自分が正しいと信じ正義を阻むものと戦ってきたが、正しいとは、正義とは、一つしかないものなのか。
オレは何も間違っていないのか。





向こうから赤い胴着をまとった青年が歩いてきたので、もやもやした思考を打ち切った。
この辺りでは見ない服装だ、北方から来たのだろうか。
ここより先はヒューゴたちが逃げてきた儀式の地しかなく危険である。
このご時世に何とも暢気な旅人がいたものだ。
「あんた、ここから先は危ないよ。南に戻れば大空洞に出るから、そこで宿を取るといい」
警戒してか人を呼びに行くトーマスを横目で見やりつつ、ヒューゴは先んじて声をかけた。何となく悪い人ではないと思ったのと、何故だか興味がわいたからだ。


黒い髪に黒い瞳……いや、黒ではなくて藍のような紅のような、さまざまな色が入り混じって憂えているように見える。
吸い込まれそうに深い。深いのは瞳か、心か。
精悍な顔立ちに引き締められた口元は威風堂々としており、背筋の伸びる心地がする。
背が高いわけでもなく、寧ろ少年といっても差し支えない様相なのにその存在がとてつもなく大きい。
使い込まれた棒状の武器を担いでいるからある程度腕に覚えがあるのだろう、そういえばヒューゴよりも華奢な身体には筋肉がしっかりついているようだ。


ひととおり観察してやっぱり悪い人ではなさそうだと思った途端、いつものお節介が口をついて出た。
「あんた旅人だろう、グラスランドを案内しようか? ダッククランの方へ行ったことはあるかい?」
旅人もこちらを観察しているようだが、その視線にそつのない上品さがあり心地よい。
「ありがとう、でもこの先に用があるんだ」
北を指し、軽く首を傾けて応じる様は洗練された優雅な儀礼のようで、ヒューゴはますますこの旅人への興味を駆り立てられた。
「ふうん、変わったやつだな。村なんかないところなのに」
「そうかい」
「何の用?」
旅人はかすかに目を見開いた。
「……懐かしいな、その台詞」
「?」
「いや、気にしないでいい。すまない」
答えられない疚しいことかととっさに邪推したが、単に驚いただけのようだ。
旅人は軽く肩をすくめて苦笑を浮かべた。
「人探し。積年の喧嘩に決着をつけにね」
こんな顔もするのか。
威圧感が鳴りを潜め、気さくな青年になった。
不思議な人だ。
ヒューゴの五感はすべてこの人に向かわずにはいられない。
そんな、圧倒的な存在感をもつ人だ。





この先にいる探し人、の意味をヒューゴは深く考えなかった。





「あなた!! もしかして、アスフェル!?」
アップルが大声で呼ばわりながら飛び掛らんばかりの勢いでこちらへ走ってきた。
トーマスは連れて来た数名の兵士とともに遅れて後ろを歩いている。
「私よ、アップルよ!! やっぱりアスフェルだったのね!!」
「久しぶり、アップル」
アスフェルという名らしい旅人は、懐かしげに目を細めて笑んだ。
二人は旧知のようだ。
「アスフェル!! 私ずっと、あなたがここに辿り着いてくれるって信じてたの!! 本当にずっと……、今さらだけど……!!」
突然アップルの目が潤んだ。
「わ、私たちは、さっき、たった今……!!」


彼を倒した。


絶望的な響きをもって、アップルは叫んだ。
まるで大罪を告白するかのよう。
オレたちは勝ったのに、良いことをしたのに、どうしてそんな声なのか。
そういえば、先程ヒューゴたちが儀式の地から帰ってきた時も、いや彼らを倒しにかの地へ向かう時から、アップルはずっと浮かない顔をしていた。
「大体分かっているよ。アップルが悪いんじゃない」
「あなたが早く来てくれたらって、ずっと祈ってたわ!! あなたならこんな結末変えられるって!! あなたしか彼を救えないってことくらいとっくに分かってたもの!! でももう……!! 私たちはグラスランドのために、こんな方法しか選べなかった!!」
涙に濡れて聞き取れないくらい細い悲鳴は、手遅れだったと確かに聞こえた。
そんな素振りは少しも見せなかったのに、アップルも彼を知っていたのか。
ビッキーもフッチもジーンも、彼とは旧い知り合いだと言っていた。
彼は―ルックは、こんなにも多くの人たちと関わってきたのか。
そしてこの旅人も、ルックと並々ならぬ関わりがあるのだろうか。
ルックは、オレが、倒した。
ヒューゴは顔を背けた。


アスフェルは嗚咽に変わった懺悔を穏やかに見つめていたが、すぐにその瞳へ力強い光をみなぎらせた。
「確かに遅くなったけど、今から行ってくるよ。多分まだ間に合うから」
「……どうして分かるの……」
「分かるから。ルックはまだ死んでいないよ。急げば間に合う」
そこに根拠があるかの如く右手の甲をひらひらさせて宣言し、アスフェルは得物に引っ掛けていたマントを羽織った。
漆黒が風に翻る。
「俺が、運命の好きなようにはさせない。アップルはこれからのことを先に考えなければならないよ。……じゃあ」
最後の言葉はヒューゴに向かって投げられたようだ。
会釈すると気安い笑みが返ってきた。


儀式の地へ向かう背中の潔さに、ヒューゴは我知らず息を止めていた。







はじめて書いた坊ルク(←のつもりだったらしい)小話です。
ここからED改変しますよという決意を込めました。
ヒューゴはこんな聡い子じゃないと思うのですが、せめて主人公なんだしこれくらいしっかりしてくれという私の希望です…。
グッドエンディング3を書ききることが当面の目標です!!
マクドールさんとルックさんの幸せ目指して頑張ります!!

20050810