円かならぬ円





 クリスらが投げた武器を横目に、ササライは笑いを禁じ得なかった。
(単純だなぁ……野蛮人は)
 自国民以外をあからさまに見下しているササライである。世界はハルモニア神聖国に足を向けて寝るなと本気で思っているくらいである。
(ブラス城陥落までには戻りたかったんだけどね……)
 内心で嘆息するササライは、やはり、嘘を吐いていた。
 正規軍は今頃ブラス城を射程内に捉えている。副官のディオスには、状況次第ではササライが戻るのを待たずに攻撃を開始しても構わないと命じてある。策士アルベルトも付けている。
 クリスには悪いが、これは当然の状況だ。
 ササライがグラスランドへ赴いた当初の目的は、炎の運び手による反乱を鎮圧すること、炎の運び手などという盗賊をのさばらせるほど自治能力のないグラスランドをハルモニアへ併合してやること、の二点であった。それが仮面の神官将――ルックの裏切りにより、急遽、裏切り者の始末及び真なる風の紋章を取り返すことへ主眼が移っていたのである。
 つまり、ルックのために炎の英雄一味と手を組む必要がなくなった現在、ササライがブラス城を攻めるのは非常に当たり前の行動なのだ。それを冗談だと妄信するクリスらは考えが甘すぎる。
 だが、ササライは、本気でブラス城を攻め落とそうとしてはいなかった。魔法兵が主力のハルモニアと騎兵で構成されたゼクセンとは戦闘時における攻撃可能範囲に差がある。この差を利用し、遠距離から一方的に攻撃を加えるつもりだったのだ。それは壊滅的な被害を与える前にブラス城を降参へ追い込んでやる温情である。
 すなわち、この意味に限定すれば、ササライは決して嘘を吐いていないとも言えた。むしろブラス城を守っている気でさえあるのだ。なぜならゼクセン連邦の被る被害が最も少なくてすむからである。ブラス城が降参すれば首都ビネ・デル・ゼクセまで一直線、世襲で腐り切った評議員どもは国より命が惜しいだろう。本来なら三等市民であるところ、自治領という地位を与えてやれば、ハルモニアの庇護を得た評議会の権威は安定し、また領民はハルモニア一般市民として扱われる。さらに、ゼクセンがハルモニアの属国ということになればクリスの真なる水の紋章もハルモニアから貸与、あるいは贈与しているという形を取り繕うことができ、今すぐ彼女から奪う必要はなくなるのだ。
 ササライはハルモニア屈指の穏健派である。血を流す戦い、争いはできるだけ回避したいと思っている。だが野蛮人とまったく対等に交流するなど考えられない。国家として認めるなどもっての他だ。それでも一時は味方であったゼクセン連邦を最大限に厚遇するため、ブラス城陥落は必要最少限支払われるべき犠牲なのである。
 これこそ、平和的共存だ。
 ササライは隣をちらと見た。なのに妨げる曲者がこれだ。弟を抱くトランの英雄。
(計算外だね。アルベルト)
 策士の無表情を思い浮かべ、ササライはこっそりそれに唾棄した。
 本当ならばここでゲドともにルックを回収し、転移で正規軍に合流する予定だった。が、この様子だと、迂闊に転移できそうにない。ゲドが離反するように見える。ヒューゴとクリスをうまく口車に乗せられれば事態は多少好転するが、それも難しいだろう。トランの英雄がしっかり睨みを効かせている。
(一時撤退するしかないのか? ルックを諦めろと)
 臍を噛む思いである。真なる風の紋章を回収するためにこそ蛮族と手を結びもしたのだ。これで紋章を入手できずば、遠征の成果を持たぬ恥はゼクセンを攻略することで拭われたとしても、ヒクサク様が落胆なさる。ヒクサク様のご期待を裏切るような真似ができるものか。
 その時である。遺跡の外から走ってくる細身の人影が目に付いた。ゲドと同じ南部辺境警備隊に属する、確かクイーンとかいう女だ。
 アスフェルがにやりとほくそ笑んだのをササライは過敏に察知した。思わず睨み付けてしまう。状況がアスフェルの意のままに動いているがゆえの笑みであるなら、ササライにとって不都合な事態の勃発もあり得るだろう。むしろ、アスフェルはそれを狙っているようである。忌々しい。
 アスフェルはクイーンに向けて一つ頷くと、ササライに正面から向かい合った。
「神官将ササライ。君の行動はもはや一つしか残されていない」
「……何が、言いたいんですか?」
「ブラス城への攻撃は中止すべきだ。と、言っているんだよ」
 クリスの息を飲む気配が伝わった。ササライは驚愕が顔に出ないよう笑顔を作る。
「僕を信じてくれないのですね」
「信じる信じないの水掛け論を今さら君とするつもりはないよ。俺は事実を言っている。――ブラス城から撤退し、転移でまっすぐ本国に戻れ」
 あ、と小さく声を上げて、アスフェルへ抱かれるルックが何か思い付いた顔をした。アスフェルを見上げる。アスフェルが見つめ返す。ルックはそれだけで合点がいったようである。
 何なんだ? ササライには訳が分からない。
「……あんた、わが兄ながら……ほんっとに、馬鹿だね。まだ分かってないんでしょ……。おめでたい、ことだ」
 ルックの体調はわずかながら回復しつつあるようだった。ソウルイーターのおかげなのか、この遺跡の効力なのか。ササライと目を合わせたまま、ルックはアスフェルの腕からどうにか降りようとする。だがまだ自力ではとても立てない。アスフェルへ両脇を支えられ、傷だらけの腕を台座の端へ突っ張ると、崩れ込む寸前で耐えている。
 ササライへ毒舌を放つのにアスフェルへ抱かれたままというのは不恰好だと思ったらしい。同じクローンのせいだろうか、そんなプライドの高さばかりはササライにもすぐに理解できた。同様に、真なる風の紋章が外界との関わりを絶って自ら内に引き込もる様子が、この場の誰よりも鮮明に読み取れている。真なる紋章はまだルックの身体、いや魂を、離れるつもりがないようだ。
 ならばササライは何としてでもルックを本国へ連れ帰りたかった。今を逃せば行方知れずになるかもしれない。それに今なら、この場の全員と魔力で勝負して勝てる自信がそれなりにある。火、水はまったく使いこなせていないし、残る雷とソウルイーターはどちらもササライの魔力に及ばないからだ。
 ササライは静かに力を貯めた。
 しかしそれはすぐ霧散させられることになる。どこか優位に立つ顔のルックが、状況の大いなる変化を告げたからである。
「カレリアが……陥落したんだよ。兄さん」
 ――カンラク?
 一瞬、意味が分からなかった。陥落、ブラス城でなく、カレリアが? いったい何が起こったのだ?
 クイーンは皆のいる広場に入らず、その手前で膝を折る。彼女には薄々感ずるものがあるのだろう、この遺跡には魔力的に不審な点が見られると。気持ち悪い、に相当する感触だ。だから広場に足を踏み入れたがらない。
 ササライは呆然と、広場の皆に聞こえる声量でクイーンのもたらす報告を受けた。
「カレリアが、ティントに占拠されました」
「ティント……だと!?」
「カレリア駐留軍が西へ出立してすぐのことです。執政官は牢屋に拘禁、ティント共和国大統領グスタフが現地を治め、民衆に目立った混乱は見られないようです」
 ササライは耳を疑った。
 確かにササライは、カレリアの駐留軍すべてを自ら率いる正規軍に合流させた。総勢一万の圧倒的な戦力差でブラス城の戦意喪失を狙ったのである。
 それが、ティントに漏れていた。がら空きのところを攻められたのだ。現地に残る辺境警備隊だけでは何の抵抗にもならなかったろう。
 なぜティントに漏れたのか――ササライはアスフェルを睨むしかない。この男以外の誰だというのだ。クイーンを使いっ走りにし、おそらくゲドも従えているだろうこの男。英雄と呼称されて良いのは唯一ヒクサク様だけなのに、のうのうと英雄面を引っさげる悪党、さらには真なる紋章を宿しさえしているこの男だ。
「ルビークへ逃げ込もうとは考えない方がいい」
 目が合うのを予期していたように、アスフェルが淡々と言い放つ。
「逃げるなど……!」
「失礼、戦闘員の補充を要請すべく、か。どちらにせよルビークはハルモニア軍を一兵たりとも村へ入れようとしないだろう」
「なぜ!」
「俺が情報を流したからだよ。ハルモニア正規軍が、破壊者に加担した罪および暗殺にも失敗した咎でルビークを焼き滅ぼしに来る。……出鱈目だとでも言いたいか? なら言えばいい。信じる信じないの水掛け論をどうしても繰り広げたいのならね」
「出鱈目だ! 嘘八百だ! ルビークはあなたなどより神官将である私を信じるに決まっている!!」
 叫びながら、アスフェルの着衣に目が留まる。カラヤクランの服装だ。彼がその格好でビュッデヒュッケ城内にいるルビーク兵へこっそり耳打ちしたのだとしたら? 虫ならビュッデヒュッケからルビークまでものの数時間で飛べる。今朝方ビュッデヒュッケ城を発したとして、昼には情報が村へ届いていただろう。今頃詮議も終えているに違いない。セフィクランの占領を目の当たりにしているルビークが、同じシックスクランであるカラヤからの情報を嘘だと断じられる根拠がないことは、ササライにだって嫌でも分かる。
「たとえ俺の偽情報を信じなくとも、ハルモニア軍へ補給物資を差し出すとは思えないね」
 アスフェルの言う通りだった。どころか攻撃を受ける怖れさえある。ルビークは虫兵による上空からの投石攻撃を得意としており、前面へ魔法を放つことに特化している魔法兵は頭上からの攻撃に弱いのだ。となれば遠距離の無茶は承知で、一路ハルモニア本国まで転移するしかない。
 ササライはゲドへ視線を向けた。この男が真におびき出したかったのは、正規軍でなくカレリアの軍勢。カレリアを手薄にしてティントによる襲撃を容易にしたのだ。
「ゲド。君はハルモニア神聖国南部辺境警備隊の身でありながら、本国に楯突こうというのかい」
「……滅相もない」
「ではなぜこの男に加担した」
 この男、とアスフェルを爪の先で差す。ゲドは眉を顰めて俯く。
「彼の……背景を、知っても、まだ推測できないとはね……」
 先に答えたのは弟だった。弱々しい声音ながら立派に嘲りが含まれている。ぎんと全力で睨み付けると、ルックも睨み返してきた。体力で明らかに劣っているルックと視線が対等に交差する。不愉快だ。
「そいつは……ハルモニアに、組していたんじゃ……ない。亡き……炎の英雄の……遺志は、継げず、かといって……グラスランドを離れる、決意もなく。結果……当たり障りなく、グラスランド周辺を放浪して……今はたまたま、カレリアに寄っていたというだけの、根無し草、だよ……」
 状勢次第で鞍を替えるということか。ならばカレリアに混乱が見られないというのもおそらくゲドの配慮だろう。辺境警備隊の友人に、あるいはこの場へいないジョーカーに、カレリアが無血開城する手配をさせたと見るのが正しい。カレリアとティント双方、そしてグラスランドにも、できるだけ犠牲が出ないよう。
 突き詰めればそれはゲドがどこにも属せないゆえの中途半端さを露呈していた。平和なふりを装った五十年の停滞もそのせいである。
 ゲドは惨めだ。その場限りの感傷で動き、どこにでも誰にでもいい顔をして、真に貫くべき志がない。
 しかしそのゲドに裏を掻かれたのは他ならぬササライなのであった。策士アルベルトに責を向けられる問題ではない。なぜならこうなる可能性を予測しなかったアルベルトは、アルベルトまでも、裏切っているかもしれないからだ。
 ササライにはゲドやアルベルトと違って立派なハルモニアの神官将たらんという信念がある。しかしそれは、逆手に取れば、言動の推測が簡単すぎるということなのだ。だから裏切られやすい。そして先手を打たれやすい。
 今やササライには誰が敵で誰が味方か分からなかった。ディオスは、ナッシュは、彼らも裏切っているのだろうか。グラスランドに情を移し、グラスランドへ有利な結果をもたらそうとして、神聖なるヒクサク神官長のご意志を阻害する気だろうか。反せばこちらの思惑通りに動くゼクセンやビュッデヒュッケの連中は、ある意味ササライを決して裏切らないと信の置ける存在なのか。
(何も……信じられない)
 ササライは今こそヒューゴと、クリスと、同じ疑心に陥っていた。信じるとは何か。何を信ずれば正しいのか。ヒクサク様を信じていれば世界は円く統治されるのではなかったか。どうすれば、世界を、信じられるのか!
「……ヒクサク様……」
 祈るようにその名を呟く。
 今こそここに渡らせ給い、何をすべきかご尊命いただきたいのに。もう何年もお姿さえ拝見していない。それでも彼の方のご意志は揺るがぬものだから、それに沿うようひたすら無心に尽くしてきた。真なる紋章を集め、世界を統一し、生きとし生けるものすべてに調和を。
 ヒクサクの望みがササライの望みとなり、ササライの信念に繋がっているのだ。それがヒクサクの複製として生まれつき持たされたものなのか否か、ササライにだけは永久に判別できないとしても。
 ずるりと砂を踏む音がして隣を見た。ルックが地べたに座り込んでいるところだった。膝は擦り剥けて血が滲み、すっかり赤黒くなっている。紋章がなければとうに死んでいただろう。紋章がルックの魂へエネルギーを供給し、かろうじて生かしているにすぎない。紋章はそれほど深くルックの魂と結び付いてしまっているのだ。
「あんたねぇ……自分自身で、思考する気、ないの……?」
 今にも意識を失いかねない状態でなお過ぎらせる気の抜けた表情、ルックは心底、ササライに呆れているらしかった。煩わしそうに睨んでくる。
「さっさと撤退しなよ……。西にブラス城、東からは、今にティント軍が……進撃するよ。ルビーク、を、引き連れてくる……かもしれない。それに……あんたの軍に、今、最も近い……リザードクランが、何もしないと、思ってるわけ?」
「何を根拠に!」
「僕が、あんたを、追い出したかったら……そうするからね……。三方から挟み撃ち……すれば、いかな正規軍といえど……悪くても、相打ちに、もつれ込める」
 長く話せばルックは息苦しそうだった。合間に掠れた息遣いが漏れ、それでもササライを責める気概は衰えぬらしい。眼光が鋭さを増してゆく。
「あんたが、ブラス城と……僕、に、こだわりたいのは……、褒められたいから……? ヒクサク、ごときに」
「僕は選ばれた存在なんだ! ヒクサク様に!」
 かっとなって思わず叫んだ。
 だがこの議論は平行線でしかないことをササライは薄々察してもいた。己が存在をヒクサクに拠って肯定するか否かの分岐だからだ。
 ヒクサクを是としない者にどれだけ教えてもその偉大さは分かるまい。そしてササライもまた、ヒクサクを信奉しない自分はまったく想像できない。つまりそれは価値観であり、今までに受けてきた教育であり、生育環境、そこから体験し得るもの、ひっくるめて生い立ちと呼んでいいだろう。ササライとルックでは生い立ちがあまりにも違いすぎるのだ。だから相手の言い分を理解することができない。相手の生い立ちを想像できず、まして追体験することもできない。決定的な違いは非共感の元となり、やがてすれ違いを生じさせる。
 ササライはぼんやり理解しつつある。違い、というものの本質を。そして理解できないままだ。同じ人間でも根幹から違うことを認めようと努力する者たちがいることを。努力し、歩み寄らねばならないことを。
「あんたが……ハルモニアきっての穏健派だから、教えてあげるけどね……。ゼクセンを取り込むと……後が、大変だよ……」
 ふとルックが神官将らしい表情をした。
「ハルモニアは、四百年以上も……内部分裂、内戦を、起こしていない……。これが……どうしてか、理由を、考えたことは?」
 問うてくるルックをササライは愕然と凝視する。同じ顔、同じ表情。なら同じ目線で語り合える、と思ったのだ。だがほんの一刹那、すぐにルックそのものを否定する心理が掴みかけた何かを掻き消して、ササライは今すり抜けた感触をもう二度と確かめられない。偏見の鎖がササライを縛り付けている。
 そしていくら凝視しようと、ルックは端からササライの反応など気にも留めていないのだった。対等に語り合う気はルックにもない。ササライがルックの設問に対し、ヒクサク様のご栄光ゆえ、しか答えを持ちたがらぬことは自明。
「外敵、だよ……。皆が、そのため一丸となれる……征服予定地、が、存在するから……。……さらに、ヒクサクが真の紋章を集めたがる……真意も、併せようか……。強大な力を、すべて、己が手元に集約すること……すなわち、自らへの、反乱を、防ぐため。外患より内憂の方が……抗しやすい、と……思わせてはならないからね……」
(――何と無礼な!)
 ヒクサクを貶める物言いにササライは思わず激昂しかけた。すんでのところで飲み込んだのは、神官将としての立場が気付かせたからである。
 ルックの意見は、正しいのだ。
 ヒクサクの施策は彼を独裁者にするためのもの。ルックはそれをヒクサクが他の下等な人間どもと何ら変わらぬ俗人であると証明する材料にしているが、そもそも独裁は、悪でない。ヒクサクによる専制政治こそ世界の調和を保ち得るのだ。
 図形で例えるなら、三角形や四角形は頂点の数だけ派閥、闘争に繋がる不安定さを持っている。しかし円はどうだろう。頂点がない。あるのはただ一つ、円心だ。すべてに等距離、すべての中心に立つ一点、円心がまさにヒクサクである。全世界の民を等しくヒクサクへ従わせることが調和なのだ。
 そしてササライは、ルックの意見が正なることを認めた瞬間、自軍の撤退せねばならぬことを認めたも同然なのだった。
 今急いてゼクセンのみを属国にしても、グラスランドとゼクセンの不毛な戦へ否応なく巻き込まれることになるだけだ。また、今後グラスランドを従えた折に実施する同化政策等がゼクセンとの二度手間になる。となれば、大量の兵力と資金をつぎ込む羽目になると予測が立った状態で、あえて片方だけを今すぐ属国にする利点は少ない。ハルモニアにとって最良の選択は、双方に好きなだけ争わせてから疲弊しきった双方を同時に占領統治すること。まさに漁夫の利を得ることなのだ。……その時が訪れるのは遥か先だという痛恨の事実に蓋をするならば。
 それに、ルックが穏健派としか口にしなかったもう一つの要因もあった。片方だけを征服すれば、後に他方を占領する際その手を借りることになる。一時ハルモニアへの服従を免れていた相手への憎しみ、ハルモニアの子飼いに成り下がった相手が攻めてくる憎しみ、今より質を増した憎しみに駆り立てられる両者の戦闘は熾烈を極めるものになろう。穏健派のササライがあまり好まない風景だ。そうでなくとも共倒れの危険を孕む上、荒廃しきった両者の領土を回復させてやらねばならないのは両者を統治することになる本国である。無駄が多い。
 納得できないのはもはや感情だけだった。アスフェルが世相によく通じ、広範な視野で政治的経済的状況を見極めている事実、ルックがそれらをササライよりも早く理解した事実。さらにはアルベルトがここまで読んだ上でハルモニアのためあえてアスフェルに乗じたのか、それとも単に裏切っているのか、判別できないもやもやとした苛立ちがササライの中で膨れ上がっている。
 また、ササライはここに至って、クリスに顔が向けられない後ろめたさを感じずにはいられなかった。もし本当にブラス城を攻撃していなかったとして、ササライはクリスに信じてもらえたのだろうか。信じてもらえないのならササライは所詮その程度の器の持ち主でしかなく、信じてもらえたのだとしたら、ササライは彼女の誠実な気持ちを踏みにじっていることになる。信頼関係を崩したのは自分なのだ、という人間臭い悲しみが、理屈を飛び越えて鬱々と最下層に沈殿していく。
 ササライは深く俯いた。堪えるように瞼を閉じた。一つ息を吐き、区切りを付けて、台座にどんと手を乗せた。
 皆の視線がササライに集まる。
 指輪が台座に引き寄せられる感覚がした。







何と、ほぼ4年ぶりの改変シリーズでございます…。
お待たせしすぎて本当に申し訳ありませんでした。
予定ではあと2話で完結しますので、もうちょっとだけ気長にお付き合いくださいますと嬉しいです。

しかし4年も経つと文章が根底から変わっているものでして…。
正直、前作までを読んでもらいたくない気持ちでいっぱいです…。
でも読まなきゃ何が何だかわからないというシリーズものの最大弱点。
無事改変シリーズを完結させた暁には、全編書き直して1つの作品に仕上げられたらと思っています。
じりじり頑張っていく所存ですので、どうぞよろしくお願いします。

20100417