私、。
サウスウインドゥでつつましく暮らしてたんですけどね、ミューズに続いてサウスウインドゥも王国軍の侵略を受けまして。
降伏したグランマイヤーさまは処刑されてしまうし、もう私命からがら逃げてきてですね、今はここ、都市同盟軍の本拠地でお手伝いをさせていただいております。
といっても武器を取って戦えるわけではないですから、中央ブロック一階ホールの掃除が私にさせてもらえる仕事です。
広いし人通りも多いせいで、すぐ汚れてしまう場所ではあるんですけど……実はここだけの話、ここは同盟軍きっての「めっちゃオイシい場所」なわけです。
どうおいしいかって、それは例えば、こんな記念日。
「、今日もお掃除ありがとうね!」
いつも走り回っておられるから私のためになんか当然立ち止まらないですけどね、でもすれ違いざまに必ず声をかけて下さるのが同盟軍の若きリーダーことリツカさま。
ちゃんと全員の名前を覚えてくれててですね、挨拶を交わすだけでほんわかした気分にさせられる天然素材産地直送な方ですよ。
今日もぱたぱた走っていったと思ったら、……あれ、戻ってきた?
後ろ向きに私のとこまでランニングしてきて、かわいらしい仕草でぴたりと止まられました。
「って今日じゃなかった? あれ、違った?」
……はぁ?
とりあえず真ん丸の目をきゅるんっとさせて見つめてくれるリツカさまは、いやいや、もうマジでかわいすぎます!
意味不明でもオッケーです!
ですが唐突な言動が多い方なので、私みたいな一般人にはどうにも掴みかねます。
私があわあわしておりましたら、横から助け舟が入りました。
「リツカ、あんたの話ただでさえ脈絡なさすぎて意味わかんないのに、主語も目的語もなくっちゃ余計理解不能なんだけど」
ル、ルック団長です!!
泣く子も黙る魔法兵団長です!!
いつもは目の前を掃除してても特に何も仰らない冷たげな方なんですけどね、リツカさまとはそれなりに仲良しなんですよ、私みたいに都市同盟軍発足時から毎日ホール掃除に勤しんでなきゃわかりませんけどね、ってこれくらいしか私自慢ありませんけどね。
クールな装いはどうやらこまっしゃくれているからだけではなく、ちょっと人見知りの気があるみたい、とは青雷フリック頭領の皮肉です。
リツカさまは、またやっちゃったと言わんばかりに首を竦めました。
「あー、そうだよね、えへへ」
リツカさまも年の近いルックさまがお気に入りなので、ルックさまがおいでになったとたん笑顔三割増しでございます。
ほにゃんと緩んだ目元が、やっぱりルックさまのこと信頼していらっしゃるんだなぁとまことに微笑ましい愛らしさでございますよ。
「で、何が言いたいのさ。僕が特別に通訳してあげるよ」
「えええ、ルック優しすぎ! 今日やばい! ……ウソ、ウソだから怒んないでっ。あのね、今日誕生日じゃなかったっけ?って話なの。だよね、?」
そうなんです、私実は今日、もはやこの年になると嬉しくもなんともない誕!生!日!なんですよーーー!!!
つうか何で知ってんの???
超能力とか、え、マジで!?
ルックさまとのにわか漫才から一転、リツカさまは私に向けてちょこんと小首を傾げられました。
家族とは生き別れになってしまったので、……多分行商で向かったミューズから脱出できずにそのまま……だと、思うのですが、そんなわけでこちらには身内が一人もいないものでして、私の誕生日なんか誰も知らないはずなんですよ。
同僚にはそりゃあちょこっと話しましたしお祝いの言葉をいただきましたけど、私なんてそんな噂になるような女じゃないでしょう、もういい年ですしねえ。
私はかーなりおったまげて、リツカさまを見返してしまいました。
「あれれ、違ったかなぁ?」
ちょっと眉を寄せてなおも首を傾けるリツカさま。
そんな悲しそうな顔をしないで下さいってば!!
「い、いえっ、はい、違わないです」
「だよね? 良かったー!! おめでとう!!」
ころんと表情が変わって、リツカさまはひまわりみたいな笑顔で私の手を握って下さいました。
もしかして、リツカさまはこの城にいる全員の誕生日を覚えていらっしゃるんでしょうかね?
だとしたらこんな子供なのに……ほんとに、とてつもなくすばらしいリーダーでございますよ。
「あんたよく知ってるね。そうなんだ、おめでとう、」
リツカさまの隣でちょっと目を瞠っていたルックさまが、ついでみたいにそっけなくですけど、紛れもなく私にお言葉をかけて下さいました!!
よく見るとほんのほんっのわずかにちょろっと、ですが、口角が上がっているみたいです。
これはもしや、私に笑いかけて下さってるのでしょうか!!
ぎゃーー!!
感無量!!
リツカさまの「やばい」発言じゃないですが、やはり天変地異といった感じがありますね。
悪いけど下っ端一般人の中でこんな優しげなルックさまの正面に立てたのは私だけですよきっと!
誕生日万歳!!
ルック団長万歳!!
でも、私なぞに微笑みかけて下さるほどルックさまがご機嫌になるようなことって、昨日か今日あたりで何かありましたっけ?
まあ私みたいな下っ端からしたら一生分の儲けもんだし、深く気にしない方がいいですかね。
私、それより予想外の収穫に有頂天ですから!
そんな感じで私調子に乗ってたんですが、するとですね、私の背後に誰かが立っている気配がしたわけですよ。
…… 絶 対 零 度 、というやつでございます。
あああああ、そういえばルック団長が上機嫌な理由なんてひとつしかないじゃないですか。
私が愚かでしたほんと。
「やぁルック、久しぶり。何の話かな?」
案の定、嫉妬としか呼びようのない冷え切った、それでも美しく官能的な声音が後ろから届きました。
言わずもがなの大英雄、アスフェル=マクドールさまでございます。
「久しぶりって、今朝あんたを迎えにグレッグミンスターくんだりまで行ってあげたばっかじゃない。早速頭でも打ってきたの?役立たず」
「昼ご飯一緒に食べたかったのにルックがいないから、だいぶ探したんだよ」
「図書館に行ってたからね。……っていうか、あんたにここへ来てまで束縛される筋合いないんだけど」
「つれないなぁ、ひとりで食べてもおいしくないだろう。知り合いがいれば気が和らぐじゃないか」
「僕は謹んで辞退させていただくよ、他を当たってくれる?」
「ルックは放っとくとすぐ食事を抜くからしんぱ」
「それがあんたには関係ないって言ってんの」
「でもねルック」
「あのぉー、ふたりともいいですかぁー?」
相変わらず顔を付き合わせれば舌戦になるルックさまとアスフェルさまを、最大級の勇気を以って押し留めたのはリツカさまでした。
私はすっかり萎縮しておりましたから、リツカさまの偉大さ、もといけなげさに涙がちょちょ切れる思いです。
リツカさまはいつも、こんな機銃掃射の中で苦労されていたんですね……。
お可哀そうに……。
「あのですねアスフェルさん、この子っていうんですけど、毎日お掃除頑張ってくれてるし今日誕生日だしおめでとうって話をしてたんですよ」
リツカさまが、私を指差して説明して下さいました。
アスフェルさまは鮮やかに外向きの笑顔へ切り替わります。
非の打ち所のない、まさに完璧な微笑みという感じです。
「ちゃん? 誕生日なんだ? おめでとう」
アスフェルさまの不思議な色合いの瞳が穏やかに細められました。
頭をぽんぽんと撫でられて良かったねと微笑されたら、同盟軍の皆さんすみません、私アスフェル教に入信しそうです!!
「じゃあちょうど良いな、これあげる」
アスフェルさまが、いくつか手にしておられた包みのうちのひとつを私に下さいました。
柔らかい浅黄色の和紙でラッピングされた中身は、開けずともそのふんわり甘い香りでわかってしまいます、ななな何と最近アスフェルさまが凝っているというケーキです!!
先日、リツカさまの思いつきで突発ケーキパーティーがあったのですが、アスフェルさまのお作りになったパウンドケーキは城内一の超絶人気でした。
私たちはもちろん食べられず、たまたまリツカさまの部屋を掃除していた娘だけがおこぼれに預かったため、同僚皆でその日は自棄食い泣き寝入りしたものです。
そんなプレミア付きレアモノケーキが、今、私の手のひらに……!!!
「ルックが好きそうだって思って、今回はマロンのシフォンケーキなんだ。の口に合うかわからないけれど」
そう言って廊下に飾られていた花瓶からコスモスを一輪お取りになると、そっと包みに添えて下さいました。
それだけで、本当に私のためだけに作って下さったもののような錯覚に陥ります。
どどどどうしよう……!!!
これは本気で嬉しすぎる!!!
どもりながら慌ててお礼を申し上げてふと目を上げると、こちらの遣り取りをクールに眺めつつも何やらつまらなさそうなルックさまと目が合ってしまいました。
ささっと視線を逸らされましたが、ほんの少し口を尖らせていて、これはまた何とも珍しい表情!
もしかして、もしかして、やっぱりこれは……。
気付いてしまうとルック団長のほんのり紅を刷いたような目元が切なすぎて、申し訳ない気持ちでいっぱいになるというか、何でこんなあからさま同士でお互いまだ引っ付いてないんだよ鈍感にもほどがあるっつのどうにかしろよヘタレ英雄め、っとうっかり本音が出かけましたが、フ女子としてはそれもまた堪能できることですし、そっと見守ることといたします。
「ルックさまは、もう召し上がられたのですか?」
アスフェルさまの態度からわかってはいたものの、私も同盟軍きってのルックさま贔屓なものですから、一応儀礼的に尋ねて差し上げました。
ルックさまはやっぱり少し不機嫌そうな顔になります。
ほらアスフェルさま、チャンスですよ!
ルックさまを喜ばせてあげて下さい!
「これね、ルックに渡そうと思って探してたんだよ、はい。ついでにリツカにもあげる」
私の目ビームに気付いたのか、アスフェルさまは無事ルックさまとついでにリツカさまへケーキを渡すことができました、よかったよかった。
……んん!?
明らかにルックさまのだけ包装がかわいらしく丁寧で、デカいんですけど!
私の三倍はあるんですけど!
まさか、大きさは愛の証だよ、ってネタでもないだろうし、ルックさまって食細いのにケーキは別腹?
「……これ、大きすぎるんだけど」
ルックさまが、呆れた感じのやや低い声を出しました。
私と同じようにびびっていたみたいです、やっぱりちょっと大きいですよね。
私とルックさまは、二人してアスフェルさまを見遣りました。
しかし答えたのはリツカさまで、「アスフェルさんとふたりで食べるんでしょ? ちょうどいいじゃない」と、結構意味深なことをさらっと言っておしまいに。
あああそっかさすが大英雄、ねちねちとしたアプローチが秀逸です。
アスフェルさまは何食わぬ顔をしておられて、ルックさまは束の間頬が染まりましたものの、嘆息してふいとひとり歩き始めました。
こんな子供らしい照れ方!
ルックさまってマジでひとの意表突き過ぎ!
ってか、さっさと行っちゃうんですけど、放っといていいの、と私は焦りました。
しかしルックさまの向かう先は右ブロック、どうやらレストランかテラスのようです。
アスフェルさまが踵を返し、もう一度私の頭を撫でて、ぱちんと優雅にウインクなさいました。
睫毛がぱさりと鳴りましたですよ、私確かに聞こえました!!
かっこよすぎです!!
穴があったら叫びたいです!!
「じゃあお先に。、誕生日おめでとう。にとって幸多き年になりますように」
同盟軍の皆さんごめんなさい、今日から私もアスフェル教ルック派に宗旨替え!!
ルックさまを幸せにできるのはこの方を置いて他におられないですよ!!
アスフェルさまは、リツカさまにもひらりと手を振って、浮かれ足で颯爽とルックさまに付いて行ってしまわれました。
にこやかに手を振り返していたリツカさまがぽそりと仰います。
「ね、、うらやましいよねぇ〜」
何にかは敢えて聞くまいと、いただいたケーキを胸に、私は固く心に決めました。
私、一生ついてゆきますから!!