まどろみ子猫





 眠たくなるのはよほど安らいでいるからだ。
 内面をごく冷静に分析するも、それがなぜなのか、また、その結果何が引き起こされるのかについて、現在ばかりは思考が一切深まらない。すれば今の状況を自ら手放すことになる。本能的に思索を制しているのだろう。
 ちなみになぜ僕がこれを手放したくないかというと、例えるなら、几帳面に積まれたカードの山から敢えて真ん中の一枚を抜き取りたくなる冒険心に似たものだ。崩すことを承知の上で、伴う破壊を恐れなかったのが今までの僕。常なら容易に崩せる状況を、均衡に保たせておきたいとらしくない存続に逸るのが今の僕。これは僕にとって大きな変化である。つまり、今の僕は現在僕に降りかかっているこの状況を終息させたいとは思わないということだ。
 僕はあんたの言う通り天邪鬼で閉塞型で馴れ合いを嫌う性向である。だからこうしてあんたに凭れかかるのも半分以上は無自覚で、襲いくる睡魔へ単に抗えなかっただけ。けれどなぜ抗えないのか、なぜこうまで眠たくなるのか。やはり原因は探れない。否、探りたくないのだ。なぜ探りたくないのかは、認めれば先の論理と同様、この安定した状態を僕自らが打ち砕かざるを得なくなる。
 まどろむ耳に、あんたがそっと引き寄せてくれる乾いたシーツがさざめいた。
 あんたがちょうど僕の背を預けるのにふさわしい姿勢で本を読むから悪いんだ。僕があんたの胸へ倒した後頭部、あんたの足へ添うように伸ばすふくらはぎまで、まるで僕があんたに凭れて眠ることを前提とした心地よさ。シーツに包まれた清潔な毛布を僕の下半身へ被せつつ僕を背後から抱きとめて、僕が多少身じろいだくらいでは抜け出せないよう囲ってくれる。
 いつもなら嫌がってしまう、僕が置かれているこの状況。
 紙を一枚ずつ捲る音が耳の後ろで優しく移ろい、たまに僕の茶色い猫毛をあんたの指が解してくれる。照明がわずかに落とされたのもあんたのさりげない配慮から。冷え性の僕を温めてくれるあんたの腕が僕へ愛おしげに絡む。
「ねぇ、アスフェル……」
 僕の声は少しだけこの均衡を揺るがした。あんたの稚く驚いた気配、僕の髪を巻きつける指先から柔らかい速度で僕に伝わる。
 僕がこの状況の発生を偶然の産物だと思わせたがっていることも、眠りとともに忘れ去ったことにするつもりだったのも、あんたはすべて知っている。知って合わせてくれている。だけど僕が口を利いたらせっかく二人して暗黙のうちにかけた魔法が月夜に解けてしまうのだ。僕以上にそれを避けたいはずのあんたは僕を抱える腕にゆっくり力を入れてくる。僕はそれを、その右手に僕の右手を重ねることで、あんたに伝えようとする。
 あのね、アスフェル。
 どうせ気づかれているだろうけど僕の言葉で教えてあげたい、なれど言えば僕は羞恥に耐えられない。僕はつくづく身勝手で我侭で視野が狭い。子猫の額の上みたい。
 僕が瞬時葛藤するのを、あんたはつぶさに見て取ったのか、本のページをしゃりっと捲るや音に紛らわしてくれた。僕は握った拳を緩める。拳へ力を込めていたのだ、いつの間に。
 僕はごちゃごちゃ考えるのをやめにした。あんたの腕、体に、ぜんぶ任せてしまおうと思った。だから最後に、眠る寸前に、あんたの名前を僕の毒吐く唇へ乗せて、できるだけ綺麗に声を咲かせようとする。――アスフェル、と。
 僕はまどろみ温もりに溶けた。
 あんたが後ろでこっそり目尻を湿らせた。







ル、ルックの日記念…!
30分くらい見逃して下さい… orz

20070609