久しぶりの宿屋で。
旅続きでくたくただからふかふかのベッドじゃなきゃやだと亭主にだだを捏ねてみたら、一番ふかふかなのはこれだなぁと、一部屋しかないダブルベッドへ案内された。
相方は当然眉間に皺を寄せたが、俺の顔を見て観念したらしい。
「あんたがそんなににやにやするなんて珍しいからね」
彼なりの、精一杯の甘やかしに、俺は余計相好を崩した。
俺たちは旅をしている。
目的は壮大だ。
相方とふたり、手をつないで。
周囲にはちゃんと仲の良い友達に見られているだろうか。
恋人だと勘付かれると、相方が嫌がるから。
もちろん、嫌がられても離すつもりはないけれど。
俺の全人生を賭けて愛する、綺麗な翡翠。
亭主は夜ご飯を奮発してくれた。
久々に食卓で味わう料理は、旅に疲れた心も癒す。
レシピを聞いてみたりして、ほんの少し地元の民と交流するのも悪くない。
それが普段の野宿で実践できるかはともかくとして、つい熱心に聞き入ったのは、その味を相方が気に入ったようだったから。
相方に関することなら何でも、俺は貪欲に収集するのだ。
「あんた、そんなに料理好きだったっけ?」
案の定、俺の甘酸っぱい恋心を理解しない相方は、好きなら今度いい調味料を教えてあげるよとほざく。
本当に、わかってない。
鈍いところもかわいいけどね。
「ルックが好きな料理を作りたいんだよ」
亭主に聞こえないように耳打ちしたが、食器を片付けている女将さんに聞かれていた。
あらあら、ずいぶん仲良しなのねぇ。
相方はぼぼんと頬を赤らめた。
「先に、風呂借りるから!」
脱兎のごとく席を立つ。
「ああいうところもかわいいんですよ」
俺は女将さんに、ウインクをひとつ投げておいた。
相方はまだ風呂が苦手だ。
俺がいるから、ひとりで頭を流せるようにならなくていい。
以前そう言ったら、冗談のつもりだったがどうやら本気にしてくれたようなのだ。
タナボタだろう。
一応時間をずらして向かった風呂場で、ぽつんと待ってくれていた相方の、ぎゅっと抱かれたふたり分のタオルと浴衣までいとおしい。
さらさらの髪を一筋、掬い上げてキスを贈った。
ダブルベッドはふかふかだ。
やばいくらいに気持ちいい。
ふたりでふわふわの毛布にくるまって、こそばゆい感触に笑いあった。
ほおずき形のテーブルランプをひとつだけ灯して、窓に映る橙が揺らめくのを眺める。
相方が思わせぶりに視線を落とした。
俺はきちんと察して、肩を抱き寄せた。
「今夜は、ダブルベッドだから」
羞恥心も自尊心も人一倍の相方へ、今夜の言い訳を用意してあげる。
だから、ねえ。
分かち合おう。
与え合って、受けとめ合おう。
互いの熱と、愛しさを。
大切な大切な大切な、たったひとつの大切な宝物。
「アスフェル……」
相方は、大事な時必ず俺の名を呼ぶ。
俺もその名を呼び返す。
何度も。
何度でも。
聞き飽きても、耳に染み付いても。
俺が在る限り、俺は君の名を呼ぼう。
心から大切に思う、翡翠の宝玉。
傷も痛みも、分け合おう。
ルック。
俺の大切な、宝物。