溜息を吐いたのは照れ隠しが半分だ。くすぐるように微笑んでるから、それも伝わっているらしい。
「バレンタインも貰った気がするけど」
「今日はホワイトデーだから」
「だから、ホワイトデーってバレンタインデーのお返しをする日じゃないの」
元来、販促行事一般に関して僕は嫌悪感しか持っていない。知ってるくせに、しらっと白いラッピングの包みを押しつけてくる。
睨んだって効果はないけど睨む以外の術もなく、僕はうんざり、エプロン姿の馬鹿を見た。この日一番に渡したかった、を先月すでに聞いているから今さら二度も問う必要はない。ベッドに横たわる寝起きの僕と脇へ腰掛けて心底楽しそうなあんたの構図。先月十四日の再現だ。
「ルックが俺に何か返してくれるのか? まさか」
まさかと自分で否定して、アスフェルは僕の胸元へ置いた包みをちょんと指先でつついた。落ちそうになるから仕方ない。僕は咄嗟に腕で受け止める。
――ああ、受け取ったことになってしまった。
「恋と愛の違い」
朝から寝ぼけたことを言ってくる。僕は本当に寝ぼけているけどアスフェルはこれが常態だ。
「恋は相手を求めること。愛は、ルックに、与えたくてどうしようもないこと」
「……で、今何時」
「目覚ましの鳴る一分二十八秒前。そういうかわし方を学んだか」
アスフェルは楽しげに苦笑した。僕の眼前へ屈みこみざま、額へ柔らかい接吻を落とす。
近づく咽喉元へふわりと覚えのある香り。きっと、ホワイトデーにちなんで真っ白な朝食を作ったんだろう。粉雪のようにシュガーをまぶした白いパン、卵は白身だけを焼いて、ミルクのスープ、白い菱形の杏仁豆腐。朝からそんなに食べられないのに。
僕の真上でいつも以上にアスフェルは目を細めている。
「二十年もあんたに付き纏われたら、そりゃあね」
アスフェルにつられて、僕はついつい、アスフェルよりもずっと表現に乏しい笑顔を浮かべてしまった。