和菓子





「かー、んー、だっ」
控えめなノックと、裏腹にあけっぴろげな高めの声音。応える間もなくアレンが部屋の扉を開ける。
「やっぱり、ここにいましたか」
任務がないならたいてい自室。俺の行動範囲はこの新入りモヤシよりもずっと狭くて、アレンにとってはかなりありがたいらしい。アレンはこの建物内をうろうろしたがらないからだ。
迷うのではなく、変なものに遭遇するのが怖いんですと、拗ねたように笑ったアレンはいつのことだったか。少なくとも今より暖かい気候だったように思う。
扉の間から顔だけひょこりと覗かせてアレンはふんわり微笑んだ。なぜか広がる、妙に甘ったるい砂糖の香り。
入ってもいいですか、と今さら目だけで問うてくるのへ、渋々ながら首肯する。
「珍しいデザートを買ってきたんです」
そういえば午前中はどこかへ行っていたようだ。小綺麗な紙袋をこちらへ突き出すアレンの毛先へ雪がひとひら絡まっている。
無意識のうちに俺はアレンへ指先を伸ばし、雪ごと頭を掻き混ぜていた。思わず身震いするほど冷たい。わしゃっと払うとアレンは目を伏せ忍び笑う。
「ええと、何て名前のデザートだったか忘れちゃったんですけど……。後でラビに聞いときます」
袋の底までぐるりと探して、店名すら入っていなかったことに肩を竦めて苦笑するアレン。
「あんまり甘くないから、神田にも一つ。――お土産、です」
後半、喜色を含んだ声音だ。しかし強調される心当たりが無い。ぐいと胸元まで押しつけてくるのでやむなくそれを受け取ってしまう。
瞬きしつつ機嫌よさそうに微笑んだ後、アレンはくるりと踵を返した。もう出て行くのかと焦れば、扉脇の棚へ置いてある急須に用があるらしい。勝手知ったる何とやら、アレンは急須へ茶葉を放り込み、これまた置いてある湯を注ぎ始めて、ついでに二つ取り出した湯飲みにも温めるためのお湯を注いで――
緑茶を二杯? いつもは紅茶を好むのに?
俺がいぶかしんでいる気配をアレンは背中ですぐに察した。
「デザート、二つ入っているでしょう?」
アレンが楽しそうに言う。
憮然としつつも袋を見ると、中には確かに和菓子が二つ。緑と桃色のどうやら桜餅めいたものと、つぶ餡のぼってりしたおはぎらしきものである。俺の故郷では伝統的な菓子だが、アレンたちには珍しいだろう。
「……ほんとは、お土産じゃないんですよ。プレゼントなんです」
急須を濡れ布巾で覆って茶葉を蒸らすアレンが、突然こちらへ首だけ向けた。
「――半年、経ったでしょう?」
ぱっと逸らされてしまう銀灰。耳の縁を真っ赤に染めて、アレンはこつんと急須をつつく。
襟足の毛が首筋に沿って白く流れる。緊張する時の癖なのか、膝の裏がきゅうっと張られていつもより少し内股気味になる。……そんなところばかり注視してしまう。
「恋人には贈り物をあげるもんさって、ラビが言うから。どうせなら一緒に、お祝いじゃないんですけど、そういうのもいいかなって」
小さく告げて寄越すところが、常になく頼りない様。しばらく俯けていた顔をようやく再びこちらへ起こし、アレンは照れくさそうに微笑む。
もう半年、と思わざるをえまい。アレンを特別な相手と認めてまだ半年にしかならないのだ。まだたったの六ヶ月。
それでどうして、ここまで彼の一挙一投足に脳の深部を揺らされる?
「……神田?」
呆としている俺の目の前、アレンが首を傾げて微笑む。
どうかしましたか、と聞かれたくない。惚れ直したと悟られたくない。視線を外すなり話題を変えるなり、他にいくらでも誤魔化しようがあったのに。
「どうかしましたか? 顔があか――うわ」
俺は何の隠滅もできなかった。


Dグレ神アレに挑戦。神田のキャラがわからんすぎた!めちゃくちゃ失敗、超反省。
20070129