繋いだままの





 あーん、と角砂糖を真上から口中へダイブさせた。舌の中央で受け止めればすぐ正方体の端っこが溶ける。待たずに右の奥歯で噛み砕きつつ、まるで砂城のように崩れゆく角砂糖をざらざらと胃へ注ぎ込んだ。咽喉が糖分で温まる。
 いくら何でも味わうには程遠い食べ方だ。だが集中力が高まるにつれて特に味覚が反比例するし、脳へ糖分を頻繁に送らねばならぬため、唾液に角砂糖が混ざるまで悠々としゃぶっていられない。体中がブドウ糖を欲しがって止まないのだ。
「はい、そこまで」
 わずか三分でたて続けに放り込もうとした九つめの角砂糖を砂糖壺からつまみ出そうとする寸前、Lの手の甲が、やんわり掴み止められた。
「……月くん」
「糖尿病になるぞ」
 左手を押さえる月の指先は冷えている。さしたる力もかからぬ右の指が、その凍てついた温度をもってLを難なく従わしめた。仕方ない。ぱた、と砂糖壺の真横へLは肘から先を倒す。ついでに頭も前傾させて左耳をぴったり机の上へ。これでも一応、ささやかながら抵抗せんと目論む構えである。
 Lは月へ彼にしては消極的な牽制球を放り投げた。
「私、こう見えて意外と太りにくい体質なんです」
「と弁解しながら態度で雄弁に拗ねるなよ。いい年をして」
 大人びた苦笑で月が応じる。ふ、と月が息を漏らすだけでLの抵抗は早や阻まれたことになる。
「拗ねもします。これが私のスタイルなんです。じゃないと考えが纏まりません」
 が、愚図るようにまだ言い訳を呟いて、Lは角砂糖の余韻が残る左頬をメタリックな机に押し付けた。机は先の冷たい手よりずっと無機質で、しかし先の指よりずっと温かく感じられる。不可解な現象だ。上半身を机へ投げ出した姿勢のまま椅子を行儀悪く前後へ揺らし、Lは目線を右隣に立つ月へ上向ける。指より冷たい月の視線がLを鋭く射返すことを期待したのだ。
「……意地悪」
 月は再び息を吐き、そっと眼を眇めたようだった。
「あのな、竜崎。長時間高い集中力を保持して思索に耽るのは君の賞すべき美点だが、すでに角砂糖を五壺も空にしたって自覚してたか? その分だと朝から歯磨きすらロクにしていないんじゃないか?」
 言いながら月は利き手をついと持ち上げて、Lのだらしなく伸びた髪へ長い指先を絡ませた。ひや、と頭皮を氷の感触が通り過ぎる。ツンドラにおける真冬のようだ。Lは思わず両肩を竦め、冷気の塊をやり過ごす。
「……月くん……」
 寒さに竦めた肩をほぐすのへ短くはない時間が掛かった。月の指は遠ざかった後も痺れを頭に残すのだ。何て冷徹な。Lは心の中にだけ呟く。こんな凍結、単なる表面体温の問題に留まるはずがないだろう。
 Lはだが、声に出してはこう言った。
「私は虫歯にならない体質です」
 予想しない答えだったのだろう。可笑しげにくすりと月が笑う。
「分かった。にしても、いったいどれだけ食べ続けるつもりなんだ?」
「そうですねぇ。キラを捕まえるまでですかねぇ」
「竜崎の体が先に参ってしまう」
 困るよ、と月は穏便に囁いた。Lを戒める口調でもなく、むしろ言葉遊びのように、Lの暴食を気遣う顔が現れる。精巧なまやかしのようだ。Lは境界を見極め兼ねて瞬いた。
「……困る」
 真摯に繰り返されるのは本心か。冷たい指が、一筋、Lの髪をぱらりと梳いた。伸ばしっぱなしの頭髪へ羞恥を覚えたのはほんの束の間。Lはしばらく、冷水に覚まされる不思議な気持ちをまんじりともせず味わった。慣れると何だか心地いいのだ。
「月くん」
「少しは反省したのか」
「あまりしてませんけど。……今日は甘んじて月くんのお小言を聞こうと思います」
「おや」
 月が興味深げな声を出す。Lは証拠に自ら砂糖壺へぱちんと蓋をしてみせた。さらに、左手の手首で蓋を上から押さえつける。この時分になってようやく、それまで数時間もの間ひとつも存在を感じさせなかった手錠の鎖が、二人の狭間で触れ合う金属音を立てた。
「率直な。で、どんな打算だ?」
「大した駆け引きじゃありません」
 鼻を鳴らして月が問う。Lはいささかの罪悪感も示さない。
「その代わり、今夜は早く寝させて下さい」
 今までまったく動かさなかった右の手のひらを、Lはほんの少しだけ強めた。鎖がまたもじゃらりと揺れた。床へ垂れている部分が数ミリ単位で引き摺られる音を発す。あまり聞かれたくない、とLは淡い羞恥を音へ抱く。
「……僕のせいで糖分摂取が過剰になるって?」
「代替案があるなら検証しますけど」
「口先だけの低姿勢だな」
「穿ちすぎですよ」
 長い鎖が今度はさらりと高音を奏でた。月の左手が反応を返したからである。口頭と逆の問答が鎖越しで行われたことにLはいささか気を良くしつつ、最近キラへ振り回されっ放しなのは月のせいに違いない、と妙な確信を新たにした。
「ああ、今夜は満月だな……」
 カレンダーを目でなぞる月がLの髪へ絡ませてきた指はやはり凍てつく棘のまま。だが他方の指はそうでないと、もしかしたら己が分け与えたかもしれない生温さを左手に感じ続けることで、Lは月へ相槌を打つ。
 お月見は嫌いです、と口に出しはしなかった。





松田「側に僕たちがいるって、忘れられてますよねぇ……。ミサミサがかわいそう」
模木「あの二人はキラ捕縛のため睡眠時間をも捧げているのか。見習わねば」
松田「……え、模木さん、えっ、それ本気で言ってます?!」


デスノリライトを見た瞬間から書きたくて書きたくて爆発したネタ。月L万歳!
20070912