「何、怒ってんだよ」
「別に」
毬栗よりも棘に包まれたルックを前にしてさえ、テッドは持ち前の気楽な態度を崩さなかった。いきなりこれに出くわしたのでなく、あらかじめ覚悟を決めた上で待ち伏せしていたからである。むしろ想像していたよりずっと穏やかに感じたくらいだ。
「怒ってんだろ。あの馬鹿に」
電信柱へ凭れるテッドを一瞥したきり足も止めないルックに向けて、テッドは再度、今度は強めの声を出す。
「あいつに僕がどう思おうとあんたたちには関係ないでしょ」
案の定、アスフェルの名を匂わせただけでルックは過敏に噛みついた。
テッドを横目で睨む瞳は苔生した川底よりまだ深緑だ。パーツだけ取ってみれば好みなんだよな、と場違いなことを頭の隅に考える。弟に似た柔らかそうな猫っ毛も、色白の肌も、単体としては綺麗だと思う。だが問題は性格だ。天邪鬼すぎて手に負えない。ある程度距離を置いて傍観するならこれほど楽しいものもなかろうが、親友の恋人となると話が変わる。
テッドはうんざり後頭部を掻いた。
「あのさー、お前らが喧嘩するとどうなるか分かってるのか? アスフェルは凶暴を通り越して悪鬼だぜ。俺の上前ハネやがった」
「ハネられる方にも原因があるんじゃない」
「お前らが喧嘩しなきゃな、こっちにとばっちりが来ることもなかったんだ」
無視することに決めたらしい。つん、とルックは顎を背けて、教科書で真四角になったボストンバッグを左肩へ提げ直す。そのまま上り坂を、鞄が重たいのだろう、早く立ち去りたそうにしかし亀の歩みで上り始めた。
「こっちに迷惑はかけるなよ! たかがおっとっとの潜水艦くらいで!」
腰周りがだぼついた学ランの背へテッドは捨て台詞を投げる。彼らの喧嘩の原因は、さまざまな魚介類の形をしたスナック菓子だった。
たかが駄菓子。
「――潜水艦……」
だが、華奢な背中から発されたとは思えぬ恨めしい声が、坂を下ってテッドの耳をぞっと冷やした。