空に隠れて





 急に肺が痛くなって、痛くて苦しくて息ができなくなって、怖くて恐ろしくなって、キキョウはすとんとしゃがみこんだ。両膝をぎゅっと引き寄せる。できるだけ小さくうずくまるため膝の間に顔を埋める。小さく、小さく。隠せるように。
 ――何を?
「どうしたんだ、キキョウ」
「…わかんない……っ」
 ケネスがそっと問うてくるのへ混乱しきった声音を返す。船酔いではない。負傷でもない。そんなものよりもっと手ひどく強引に、痛みはキキョウのなかみを抉る。頭のてっぺんから足の爪先まで刺繍針を通したごとくキキョウを苛む苦痛な何かがキキョウを思うさま翻弄しつくす。
 こんなの、知らない。
「…いたい……」
「どこがだ?」
「…まんなか、と、思う」
「腹か」
 左肺の近くを通って心臓、胃、肝臓。それから小腸をぐるぐる乱して膝の裏を貫いて、出口がないから再び出発地点に戻る。胸のなかみへ。
 胸が痛い。
「何か食べたのか?」
「…イワシとごはんと、えっと、しょうゆ」
「そんだけかよ。もっと食べた方がいい」
「…うん」
「他に何もしてないのか? 例えば無理な運動をしたり」
「………」
 思い当たることならひとつほどある。しかしキキョウにしては珍しく、素直に答えず黙秘した。誤魔化しや嘘はひっくり返ったってできなかったし、また、言葉を使ってうまく説明することもできなかったのだ。
 考えたのは、あのひとのこと。
 戯れにつなげた体がほかの誰よりずっと優しく、海のように泰然としたひとだった。丁寧な字を書く太めの指でキキョウの手のひらを包んでくれた。綺麗な目をしたひとだった。
「ちょっと、休憩するか。いつまでもこんな島をうろついてたって仕方がない」
 ケネスが隣に腰掛ける。どこで覚えてきたのだろう、おもむろに煙草を吸い出した。煙の匂いが鼻に突く。肺が紫煙でより軋む。嫌だ、とは尋ねてくれるまで答えられないから今は我慢するしかない。
 庵の島は樹木が生い茂っているせいで常に地面まで日が差さない。だから、うずくまったままのキキョウが瞳に涙をためていたのも、どうにか暗がりへ紛れさせることができた。煙の匂いが消えるのを待ちながらキキョウは顔を隠し続けて、そして、あのひとのことを小さく小さく心のなかみに探し想った。ひそやかに、隠れるように。
 トロイさん、と。


トロよん切なげ話。トロよんはほんっと切ない雰囲気が似合うなぁ(笑)
20070515