船室の窓から顔を出す。
夏の夜空はしけった気流に覆われており、頬を撫でるように絡みつく風もざらざらと重く塩辛い。海水は黒く、空も暗闇で、星は南にたった一つしか見えなかった。時折甲板で見張りの灯す明かりが海面に反射する。
一人になった自室の中で、一糸も纏わず、キキョウは窓から手を差し伸べる。
かろうじて片腕を出せるくらいの小さな窓だ。船室の上部についているためキキョウはベッドで膝立ちをしている。汚れたシーツは丸めて床に落としてしまい、掛け布団も脇へ押しのけた。汗と体臭のべたつくベッドはそうしてもなお居心地が悪い。
キキョウの左手は空を掴む。
「…つまんないな……」
誰に蹂躙されても構わなかった昔のキキョウはいつの間にか消えてしまった。今は比べてしまうから。抱き合って高まりあって、快感に混ざる切ない幸せを一度掴んでしまったから。誰とどんなに淫らな行為へ耽ってもそれより先が物足りない。心の隙間を独りで埋められずにいる。
――知らなければ、渇望しないですんだのに。
キキョウは指の先を見つめた。次に会えばクールークの将、敵であると分かっている。だけど。
「…トロイさん」
宿星の定めを背負いきれない、天魁星の嘆きが落ちる。
キキョウはいつまでも夜の潮風を浴びていた。