ヒックスは目を丸くした。
「――そんなことで、喧嘩?」
「たかが、と言いたいんだろう」
「……痛ったぁ……」
溜息を吐くアスフェルの横で、あまりの哀れさに天を仰いだヒックスは、凭れかかっていた体育館の壁へ頭をぶつけて涙ぐんだ。ごつんと鳴った音に行き交う数人が振り向く。バスケ部県大会決勝戦を午後に控えての昼休憩、これからコート上で全国大会への切符をかけて対峙する予定の二人である。
「テンガと僕ならそんなこともたまにしちゃうけど……ルックくんってそういうキャラだったんだ」
ヒックスは数回会っただけのルックを思い出して言った。
ライバル校にも関わらず、ヒックスはアスフェルと部活動を離れて個人的に親しい。ゆえに相手の交友関係も互いにある程度承知している。薄幸そうな顔立ち、半分以上理解できなかったがどうやらほとんど皮肉だったらしいヒックスへの態度、総合するとルックというのは決して子どもっぽい言動を取るように見えない人物であった。
「俺が相手だとそうなるみたいだな」
少し自慢気にアスフェルが呟く。アスフェルの前でだけ云々と言いたいらしい。のろけ合うのはお互い様なのでヒックスはさらりと聞き流す。
「しかも、別に潜水艦の形を食べたかったわけじゃないんでしょ? 潜水艦の形に見えないっていうとこが争点なんでしょ?」
「それだけでなく、魚介類に機械の混ざっているのが許せないらしい。同じ海に住まう仲間で、自然か人造かがそうも重要な区分けになるか?」
「うーん、ルックくんには大切だったのかもね」
「九日間まったく口も利かないほど?」
「……うーん……っつ、いたた」
この種の問題においてヒックスにできる助言などないことは明白であるが、そういった客観的事実に気づかないのがヒックスである。アスフェルと一緒になってうんうん考え込んでしまい、ヒックスはまたしても壁へ頭をごちんとぶつけた。
コートでは記録係が審判と何やら打ち合わせている。忙しく立ち回る役員を眺めるのが好きで、ヒックスはぼんやり動きを目で追う。コート脇の長机で時計係がストップウォッチを弄っている。
体育館の端を巡る青いマットは昨日ヒックスらがモップをかけて敷いたものだ。ヒックスは試合より準備の方に熱を入れる節がある。今も平行に敷けたマットとその上に整然と並べられた長机を見ると嬉しくなるほど、そして、誰かが足を引っ掛けたようにマットの端がめくれているのを見ると二次被害が心配でいてもたってもいられなくなるほど。何しろヒックスはああいうのに必ずつまずく少女をごく身近に知っているのだ。
「――あ、午後からテンガが見に来るんだった! ……ったぁ……」
ぽんと手を打ち、ついでに再度頭を打ったヒックスは、アスフェルの悩みなどもう眼中に置いていなかった。