朔望





 夜中に目が覚めるのはよくあることだ。もともと不眠症の気があるし、多分、何か見たくない夢を見てしまったのだと思う。続きをこれ以上見たくないから強制的に覚醒させる、脳の自己防衛プログラム。我ながらよくできている。
 実に、自己中心的だ。
「……ルック?」
 過敏なまでに気配を察したアスフェルが寝ぼけた声でルックを呼んだ。
「何でもない」
「ん……なら、いい……」
 とろんとした瞳がゆらり曖昧にルックを映す。されど睡魔に負けたのか、瞳はすぐに閉められる。
 深夜、新月に落ちる暗闇においてさえ、アスフェルの黒は一際目立つ。そこだけ真に黒いのだ。だからアスフェルの瞼とともに緞帳までも下ろされたようなうら寂しさを伴って、寝室が再度ただの暗闇に戻るのを、ルックはぱちりと瞬きひとつで見送った。
 アスフェルは微笑もうとする。しかし強引な眠りに引き込まれてしまう。
「……ルック……おやすみ……」
 ぱたんと伸ばされるアスフェルの腕。寝相にしては的確な、意図的にしてはそっけなさすぎるアスフェルの手が、ルックの頬を無造作に辿る。首筋をまさぐり頭の裏へ到達すれば、くいと爪弾かれるのはこっち。今だけその手へ身を任せる気になったのは夢の名残があるせいだ。
「……ル……」
 ルックの頭を胸元へ寄せて満足したのか、アスフェルはふうと寝息を漏らした。囁きが徐々に闇へ散りゆく。幸福そうに和らぐ目元を置いたまま。
 寝入ってしまうアスフェルをルックはすることもなく待った。綺麗な弓形に閉ざされた双眸、歪みひとつなく整う唇。完全に眠るまで待って、待ち終えても次にすべきことはやはりなく、仕方がないから未だ頬へ引っ付いたままの大きな手のひらに意識を集中させてみる。
 アスフェルはきっと今のできごとを覚えてなんかないだろう。だけど再びルックが悪夢に目覚めたならば、アスフェルはやはり共に起きてくれるのだ。
 申し訳ない思いをすべきところだろうに、ルックときたらそれでも何だか満足できない。ルックより先に寝てしまうなんて、どうせならルックが眠れるまで待ってくれたらいいものを。じゃないとあんたを起こしたくてたまらなくなったり、あるいはあんたの安らいだ寝顔を飽きもしないで眺めたくなったり、どうせ実行に移さないだろう無駄なことばかりを思いついてしまうんだ。
 何て、自己中心的な夜。
 願わくば朝までアスフェルを起こさずにいられるようと、ルックは自らの深い睡眠を祈念した。神にではなく、眼前で眠る神様のようなアスフェルに。


ヘタレ攻と言ってやるしかないような気がします。そこで襲えよ、ぼつん。
20070513