最後は甘く





 得意先からよく駄菓子をもらってくるルックは、もう中1だというのに、完全に子ども扱いされているのだろう。
 今日も商品を届けた際にいただいてきたという黄色い飴をルックはアスフェルの眼前へ持ち上げる。ルックの小さく歪んだ像が飴を通して透けている。
「あんた、食べる?」
「遠慮するよ」
「あんたって、あんまり甘いの食べたがらないよね」
「そうか?」
 あーん、と舌を出し、ルックは飴を自らの口中へぽんと放り込んだ。まず右頬へ転がすのがルックの癖で、今もころり、右側の皮膚が飴で出っ張るのが見える。
 しかし、次にはぎゅっと引き寄せられる、三日月型のルックの唇。
「すっぱ」
「レモンだろう、その飴」
「パインだと思ってたの」
 唾をできるだけ舌の中央にためて、飴が直接舌へつかないようにしているようだ。ルックは頬全体を軽く膨らませている。今時子どもでもやらないような仕草にアスフェルは柔らかく苦笑した。
「匂いで分かるだろうに」
 ルックはきょとんと目を丸くする。
「……あんた、飴の匂いなんか分かんの?」
「俺だけじゃなく、一般的に分かるものだよ。封を開けたら甘い匂いがするだろう?」
「……嘘。僕食べるまでわかんない」
 ルックがしゃべるたびにレモンの甘い香りが鼻をくすぐってくる。これが本当に分からないのか。
 アスフェルがルックの味覚を疑うのはこれで早や三度目だ。三度目にしてやっと、ルックは普通より五感が鈍いのかもしれないと理解する。食事でも飲料でもごく薄味しか好まないのは、濃い味は単なる刺激としか感じないからなのだろうか。しかし、その分異常に目が良いし勘も相当鋭いのだから、これでバランスが取れているとはまあ言える。
 がりっと大きな音を立て、ルックは飴を奥歯で真っ二つに噛み割った。
「……あ」
「ん?」
「甘い」
 中に蜂蜜のような液状のものが入っていたようだ。すっぱいレモンと混ざりあってちょうどルックの気に入る味になったらしい。ルックはわずか、目許を甘く和らげる。
「なに?」
「――いや」
 ルックに見上げられて初めて、アスフェルはルックの頭上へ手を伸ばしていたことに気がついた。まったくの無意識だ。
 撫でたかったのか、引き寄せたかったのか。感覚の隅でざわめく理由が、アスフェルにはさっぱり分からなかった。


1週間不在でしたので、1日1小小話を連載してみた最後の1話。一応甘くね。
20070527