何やら押入れでごそごそしていると思ったら、ルックは顔をほてらせて、天板部分に当たる平たい板を持ち出してきた。ルックの実家では彼の自室に置いてあったものと記憶している。昨年までの話だ。今年の四月に見晴らしのよいマンションへ二人で引っ越したとき、すぐに使う予定のないこれは押入れの奥へ仕舞いこんだはずだった。一人で出したのか。顔がほてるのも道理である。
ふらふらと一歩ずつ踏みしめるような様子のルックに思わず手を差し伸ばしたら、それよりあっち、もういっこ、と目で仕事を指示された。足の部分と正方形の毛布である。向かった寝室、押入れの脇にはすでに延長コードまで準備されているではないか。無自覚ながら、アスフェルは肩を思いっきり震わせてしまう。
「ルック、まだ十月だよ?」
アスフェルが運んだ部位をルックは手早く居間のど真ん中に置いた。つまり、ソファセットの真ん中である。今までそこへあった、ソファへ座って使うのにちょうど良い大きさと高さのガラステーブルは、ルックによってとうに移動させられている。さすが、手際が良い。どこへやったかと探してみれば、ルックの力では長距離移動に無理があったものだろう、居間に隣接している和室の隅へとりあえず立てかけてあった。
天板を土台へかぶせた毛布の上に毛布を押さえるよう置けば完成。二人が向かい合って座るだけできゅうきゅうの、小さい、
「炬燵には早くないか?」
「寒くなるもん。もう寒いもん」
いきなり子供がえりしたかのごとき発言に、アスフェルはまた、くくくと肩を震わせた。ルックときたら、炬燵へ足を入れると同時にもう電源を入れている。向かいへ座ったアスフェルは炬燵の天板へ頬杖を突き、わざとらしく、ぐるり四方を見回した。
「ソファセットにこれは、少々似合わないんじゃないか?」
広い居間にはダイニングテーブルとソファセットの両方があって、ソファは三人掛けが一つと一人掛けが二つをL字型に組み合わせてある。革張りのソファだからそのまま座ると確かにひやっとする季節になって、アスフェルは暑がりのくせに寒がりでもあるルックのために暖かそうな毛皮をソファへ掛けようと思っていた。先を越されたというか……結局、そういうところが可愛らしいのであるが。
一応部屋の見栄えを指摘してみせるアスフェルへ、ルックはつんと、寒さに荒れ始めた薄い唇を尖らせた。
「あのね、ちゃんと利点があるの」
「伺おう」
「まず、ここにはカーペットが敷いてあるから、炬燵の熱が逃げにくいでしょ。座るために座布団を買う必要もない。で、次に、これ」
ばすん、とルックはソファの足の部分を叩く。
「ここに凭れて本を読める」
ルックは至極満足そうに頷いた。即座に実演。ソファの座高がちょうどルックの肩くらいで、ルックが仰け反ると頭がソファの座席部分へ乗っかった。
「……それだけか?」
「背凭れがあるのは重要なポイントだよ」
「背凭れが欲しいなら座椅子を買えば」
「あんたは無駄遣いに走りすぎ!」
別に炬燵が嫌なわけではない。使ったことがないので違和感に満ちて感じられるのだ。つまり、アスフェルは単に炬燵の存在へ慣れないのである。そんなアスフェルの戸惑いをルックへの軽視と取ったものか、ルックは人差し指をアスフェルの鼻へ突きつけた。
「僕が長年愛用してた炬燵が気に入らないわけ?」
「いーえ、気に入ります」
「ほんと?」
ルックのこの顔に弱いんだ、とアスフェルが内心苦笑していることなど知りもしない。ルックは、アスフェルが肯定した途端、ぱっと表情を明らめた。アスフェルの方へ心もち身を乗り出してくる。併せて天板がルックの方へ少し沈む。
じゃあスイッチ入れるのは一日六時間までね。とルックが人差し指立てつつ言うのは、彼の実家の決まりごとであったのだろう。二人の空間へ互いの生活要素を持ち込み合って、それが自然に融け合ってゆく。求めていたのは四六時中ともに居ることだけでなく、今はくっきり分かれて入り交ざっている鮮やかなマーブル模様から、やがて曖昧に、ついには溶いた絵の具のように、互いの一部が同化する瞬間かもしれない。算用数字なら八の形、接点のくっついた状態。二つの球は完全なる別個にして完全なる一存在でもある。
ルックがむうと頬を膨らませるのさえも後押しし、アスフェルはずっと、堪え難い笑いで肩を震わせ続ける羽目になった。