猫語





「…にゃっ、にゃにゃにゃんっ」
 涙目でそう訴えるキキョウを前に、テッドはぽろり、食べかけのまんじゅうを取り落とした。
「嫌な予感がするんだけど……キキョウ、もしかして」
「…にゃにゃ」
 キキョウはすとんとしゃがみ込むと自らの咽喉を手で押さえ――その手にも肉球がついている。と思ったら市販されているにくきゅうの手袋だ。ネコボルト用の装備品なので人間にはサイズが合わないはずだが、よく見ればキキョウの腕は、縦半分に裂いたものを糊で直接貼り付けられているらしい。
 まずは右腕の手袋を剥がしてやりながらテッドは盛大に溜息を吐いた。
「今度は誰に何されたんだよ」
「…にゃー」
「わかんねぇよ。キーンか? ミッキー?」
「…にゃー」
「ああ、イーゴリか」
「…にゃ」
 一つ頷き、キキョウは口元でコップを傾ける仕草を見せる。薬でも飲まされたということか。
 いかにも怪しい液体だったろうにどうして疑わなかったのだ、とは質すだけ無駄な問いである。飲めと言ったら毒だって飲む。それがこの船のリーダーだ。
「…にゃんにゃん、にゃっ」
「まぁた俺に頼るのかよ」
「…にゃあん」
 左手の手袋も剥がし終えると、テッドはキキョウの額をぴんと中指で弾いた。猫のように咽喉を鳴らしてキキョウが情けない顔をする。糊のこびりついた両腕を痒がって引っかくも皮膚が赤くなるばかり、思い余って齧りつき、糊の味に舌を出す。
 キキョウの様子へテッドはそっと苦笑した。こいつときたら、変な薬を飲まされたことにまったく腹を立てていないんだ。
「お前見てたら馬鹿らしくなってくるな。霧の船へ引きこもってた俺がさ」
「…にゃっ?」
 どういうこと、と訊きたいのだろうキキョウにはあえて答えを返さないまま、落としたまんじゅうをようやく拾う。剥がした手袋の残骸と一緒に部屋のゴミ箱へ放り投げる。 
 そしてテッドは、キキョウの髪を乱すように頭をわしわしと撫でてやった。


にゃんこの日フライング。よんはにゃんしか言えなくても困らなさそう。
20090221