「……あつい」
蚊の鳴くような声音で囁くルックを愛おしげに見遣り、アスフェルは書物を開いたままで脇の丸テーブルへ置いた。
ベッドに寝ていられなくなったらしい。ルックがのそりと這い起きる。左側の髪が汗でべったり輪郭に沿って貼りついており、ルックはひどく苛立たしげにこめかみ辺りを引っ掻いた。がりっと爪の音がする。
「この町の銭湯は夜中でも営業しているらしいよ。眠れないなら、軽く汗を流しに行くか?」
そのまま前髪も爪を立てて思いきり掻き上げるものだから、ルックの額には赤い線がうっすら三本入ってしまった。かわいそうに。アスフェルは身振りでルックをこちらへ招きよせ、極力穏やかに問いかける。
が、ルックはおよそ答えにならぬ乱暴な返事を投げて寄越した。
「暑い」
「それは、夏だから仕方ないな」
「あ、つ、い、の」
「……俺へどうしろと」
文句を垂れたところでどうにかなるわけでもあるまい。つまり、ルックはそうやってアスフェルへ甘えたいのだろう。と、アスフェルは自分へ都合よく受け取ってしまうことにする。
気怠い動作でベッドから出るルックを己の正面へ呼び寄せてみれば、ルックは素直にベッドを降りた。テーブルに置いていたハンカチで顔や首筋の汗を拭い取る。いつもなら他人に何かをされたがらないはずのルックは気持ち良さそうに両目を細め、ほとんど抵抗しなかった。
腰を回すように後ろを向かせて肩へかかる髪を持ち上げてみる。首の裏がざらざらと赤い。汗疹だ。
「あっつい……」
「こら、掻かない」
首を無造作に擦るルックの指を、慌ててアスフェルは掴み妨げる。
「髪が暑い」
「掻くと酷くなるだろう?」
「でも暑い……」
「分かったから」
会話にならない。ルックは首を、水から上がった子猫のようにぶるんと左右へ力なく振った。長めの髪に熱がこもって暑いようだ。
苦笑しながらアスフェルはハンカチを細く紙縒り状に折った。暑がるルックの後ろ髪をまとめて一房に結ってやる。しかし、結わえた髪の根元に違和感があったのか、ルックは結び目を引っ掻こうとし、アスフェルはまたも慌ててルックの指を握って阻む羽目になった。
「涼しくなった?」
「あ、つ、い」
捕まえたルックの指を弄びながら聞いてみる。が、にべもない返答を押しつけられる。
手のかかる恋人だ。思ってアスフェルは苦笑した。暑くても寒くても不機嫌になる脆弱なルックを、手のかかる恋人だと呆れられる今この状況すら、実はとんでもなく幸せなのではなかろうか。
「――ッなに! すんのさ!」
「……塩辛い」
つい、とルックの細いうなじを舐め上げて、アスフェルはルックを引き寄せる。疲れきって眠ってしまえば朝まで起きなくてすむだろう、と脳裏に掠めた疚しい言い訳、通用するかをルックへ問うのは彼がこちらを向いてから。
旅路に立ち寄る賑やかな町の、寝苦しい宿屋の一室だった。