白髪よりも蒼白な顔に、ちょっとビビって隣を空けた。ふらり、変な勢いでベンチの左がわずかに沈み、アレンの細い肢体は何とか座する形で収まる。ずり落ちないかと心配してみた両の手先が行き場を失い虚しく下りた。
「大丈夫かぁ?」
「え……えぇ、ちょっと……最近忙しくて、っつ」
「――やっぱな」
無理して笑うアレンの右脇を肘で小突くと、途端に眉間へ苦悶を刻む。まだ治っていないのだ。
AKUMAが付けたいくつもの傷は、すなわちノアの一族が付けた傷……つまり、アレンの横で長めの足を行儀悪く組みつつちゃっかりキャラメルマキアートを啜る男の付けた傷だということである。なのに頓着しないのか、アレンは素直な苦笑を浮かべた。
「もうちょっとうまく戦えたらいいんですけど」
目の下に黒々と隈がある。寝ていないのだろう。もちろん昼夜問わずにAKUMAを仕掛けているからでもあるが、多分にアレンは要領が悪い。何かと厄介事を頼まれたり、面倒くさい作業を地道にこなしたり、本人に直接聞いたことはないがそういう損な役回りを好んで引き受けていそうに見える。
――ふら、とアレンの頭が傾いだのを、そのまま引っ張り倒してやった。
足を解いて膝の上。
「……え、」
「疲れてるんだろう。仮眠でも取った方がいい」
「僕は平気です! だってせっかく、やっと貴方に会えたのに――ティ、んっ」
いろいろ言い立てそうな唇、とにかく塞いで黙らせる。キャラメルマキアートの甘味。
飲み干した紙コップを放り投げるまでの短い時間、アレンはこちんと身を硬くしていた。実に人間らしい仕草だ。こういうところが普通に可愛い。ある意味これも快楽だ。
「こっこんな公園でっ!」
「乾ききったボロ雑巾みたいなまんまじゃ抱いてやらんぞ」
「人前で! そんなこと言わないで下さい!」
「誰もいないって、ほら」
この公園はずいぶん人けがないようだ。わざとこの場所を指定したのはアレンではなく、すなわち確信犯というわけなのだが、アレンはどうも天然である。大丈夫なのか、こんなんで。
起き上がろうとするアレンのおでこを掌ひとつで押さえつけてみた。ほとんど抵抗できないアレン。脇腹の傷も痛むだろうし、今日のアレンはとことんツイてないらしい。
……そもそも、こんなところにノアの一族へ会いに来ること自体がアレン最大の失策だ。
「いいから、寝ろ」
冷たい口調で窘めてみれば、アレンは急に口ごもった。
「……だって、貴方が」
「何だ?」
「……もし僕が寝ちゃったら、貴方は」
アレンはやにわに頬を赤くする。眉毛をハの字にしょぼんと下げて、視線をベンチの下まで落とす。いつの間にか掴まれていた服の端がさらにぎゅうっと握られた。
額に当てたままだった手のひらへ、アレンの熱が移るよう。ようやくアレンの言わんとすることを汲んだ。
「……貴方が……」
分かってもあえてアレンに言わせるのが醍醐味だろう。アレンが自分で懇願するのを、じっと待つのも悪くない。
しかしアレンは口を閉ざした。
手慰みに白髪を撫でて、額の半分を占めるペンタクルをそうっと人差し指で押さえる。アレンが再び口を開くまで、柄にもない、ささやかな優しい悪戯をアレンへ施してみるつもり。これもまた、強烈とは言い難いもののじわっと心に響く快楽だ。
「今日なら聞くぞ」
たまには促したりもする。烏が一羽、アレンへ影を落としつつ飛び去る。もう夕方だ。
「……あの、ですね」
上半身だけ捻る体勢はついに限界だったのだろう。アレンは脇腹をかばうようにそろそろと、ベンチへ残りを横たえる。木製ベンチはどうしたってアレンが寝るにはちょい手狭、膝を折って踵をベンチの肘掛へ乗せると何とか全身収まった。
思わず笑ってしまう。――こいつの諦めたのが、気配だけでもう伝わってくるからである。四肢はとっくに眠たげだ。
「ティキ……僕が寝てる間、1時間で起きるから、起きるまででいいですから……そ」
潤む瞳が素直に見上げる。
続く言葉は、あまりの快楽にこみ上げたキスで、ついつい舌へ飲み込んじまった。咄嗟に銀灰の瞳を覆った、その手がやけに熱かった。