テッドがマグロの釣り方を、それは多分当たり障りのない雑談として軽く話題に出しただけだと思うのだけど、キキョウに尋ねてくれたから。
キキョウは少し張り切って一本釣りを披露した。
「……すげ」
言葉少なげに感嘆しているテッドの胡坐を傍らに、キキョウはてきぱきと出した用具を片づける。
うんと早朝。遠くに雷雲。
どうして、静かに生きられないんだろう。
日常ふとした瞬間に湧く、この世界そのものの在り方に対する不審を含有する疑問の数々は、キキョウにはどうやったってひとつも言葉に表せない。だからもしかしたら同じ思いを抱えているのかもしれないテッドへ、少しだけ期待し、また身を引きもして、キキョウは釣り糸を巻き取り終えるとテッドの近くに立ちすくむ。
波が船べりまで泡沫を飛ばす。甲板へ無造作に転がしたままのマグロが、時折、巨体をびちりとしならせる。
「…どうしよう」
「饅頭か刺身」
「…うん」
きっと、テッドも、言葉にできない。言葉で単純に定義づけるには反例をよく知りすぎている。結局ほやんと微笑むしかないキキョウのように、テッドは割り切りという名の殻に閉じこもることしかできなくて、だけどお互い、いつか先に進む日が来ることをごく切実に願っているのだ。今、この瞬間さえも。
「どんぶりは? 葱とすき身で」
「…うん」
真なる紋章だけではない繋がりを指先に絡めて、テッドがちらと歯を見せた。目を合わせつつ、わけなくキキョウは叫んでみたいと考えた。
が、しかし。無境の海にただ放つだけの言葉すらキキョウは持ち合わせていなかった。