リヒャルトが帰ってからも延々、浴びるように酒を飲み。
「……ァにしてんだよ……」
太股の上へ馬乗りしてきたべろべろのカノンへ、ロイはこちらもぐるぐるに酔った声音でおそろしく緩慢に問い質した。ロイの腰掛けていた広いベッドと背凭れ代わりにしていた枕が体重を受けてふかふか沈む。
銀糸の髪からも分かるようにカノンは身体の色素が薄い。だから肌は盛んに巡る血液の紅を色濃く表面へ映し出していて、帯を弛めた上等の衣から覗く肩口などとうに赤く火照りきっている。
「ね……そるそろ、一線、越えにょ」
「お前めちゃくちゃロレツまわってねぇぜ」
「まぜっっ……かえさないで」
ぷくうとカノンが頬を膨らまし、勢いに任せ引っつかんだロイの服を腹から一気にめくり上げた。露わになったへその辺りへ、ぺた、とぬくい感触が押し付けられる。丸く膨らんだままの頬である。
「はは、くすぐってぇ」
「ロィのお腹きもちぃ……」
カノンはきゅうと目を瞑る。前髪がロイの腹をかすかに撫でて、酒のせいかさわさわするのがいつもよりずっとこそばゆい。瓶を持っていない方の手で額の生え際からを乱雑に後ろへ掻きあげてやれば、カノンは唇を突き出して笑んだ。
「髪が、ぐちゃぐちゃに、なったぁ」
「イッセンて何だよ」
「あのねー……どんな言葉で、誘おうかって、いっぱぁい、考えてるんらけどね」
「そらオレじゃなくカイルにだろが」
「どっちでもいー」
「よかねぇよ……ん、いいのかぁ?」
「いいのー」
「いっかぁ、あー、いいな、ソレでいいんじゃねーのぉ。……あれ。ナニがだっけ」
何を話しているのかという自覚もなくなってきた。瓶に口をつけて残りをぐいと一気に飲み干す。視界は滑らかに揺れて、体の軽くなる心地がする。わけもなく笑い出したい。くつくつ、喉が震える。
「カノン、もー寝ちまうのかよぉ」
急に静かになったと思いきや、カノンはロイのへそへ顔を埋め、腹の皮を甘噛みしていた。規則正しく呼吸が響く。睡魔へ浚われる寸前の息継ぎ、眠りに下りる坂の途中。
「……みんな……しあわせになれたらいいのにね……」
「お前はカイルとかぁ?」
「ちがってもいー……恋とか、そうゆうの、じゃなくって、みんな、いらいらしなくて、こまることも、こわいことも、な」
い暮らし、とごにょごにょ口腔で呟いたきり、ぴたりとそこも閉ざされた。ついに意識を手放したらしい。代わりにすうと穏やかな寝息が漏れ聞こえ、ロイの腹部をぬるくくすぐる。
カノンは、何時如何なるときも、ファレナのことばっかり考えてやがるんだ。
個の幸せより全体としての幸いを求める。いきなり、強烈なまでの実感として、カノンの立場を突きつけられた。
国を背負うのはあくまでも女王とその伴侶、王子の役目は政略の一を担うのみ。されど王子はお国のために役目を全うしなければならない。これは、ともすれば矛盾に思える虚しさだ。だから、迷いを払拭するためにも、ある種為政者としての模範的な信条を常に念頭へ置くことが彼の誇りを保つのだ。
「オレも、部屋、戻んなきゃ……クソ、てめぇ重いな……動けやしねー……」
今までの経験、いわゆる一般的な世俗を超越することは山賊のロイに推し量れない。だから腹にかかる重さが本当はもっと重いかもしれないだなんて、それこそ想像の欠片もつかない。カノンがカイルに執着するのも、健全な恋心、というにも語弊はあるが、誰か他人を愛しく思う人間らしい気持ちであるのか、単に女王騎士として破格のカイルへ道を踏み外せない王子の立場から憧れを抱いているだけなのか、ロイには答えを見出すことができないのだ。
「……オレも、ここで寝ちまうぞ」
布団をたくし上げてロイはカノンごと己が腹を包みこんだ。できるだけ静かに手を伸ばし、カノンの肩から無造作に転がる三つ編みを顎の近くまで引き寄せた。
固く結わえられている紐を寝やすいように解いてやるのは、おやすみ、の合図をあげてから。