書きかけ 6





父上の古い友人が、珍客を連れてやってきた。
「キキョウさん!?」
カナカンの端っこにある小さな村の、僕が贔屓にしている旅館。飯が美味いし何より安く、さらには人目につきにくい、僕のような旅人にとっては非常に好都合な宿駅である。しかし、魔物の増加やその他諸事情により近年富にご無沙汰で、僕が今回逗留するのは実に久々、偶然だ。
そこを狙いすましたごとくひょっこり現れた旧知の顔を、僕はさすがに一片の不審を以って凝視した。
――の、だが。
「…カー、ノー!」
旅館の前に立ち尽くす僕へ逃げる猶予を一切与えず、友は大声で名を呼ばいつつがばっとしがみついてくる。こちらの警戒を瞬時に打破する愛らしさ。この一幕で、僕は彼の衰えぬ力量を感知する。
友の見た目は記憶とほとんど違わない。僕の身長の方が低かったときからもう四十年を超えるのにである。僕はこうやって少年に抱きつかれると非常に気まずい年齢へ達しており、それをまったく歯牙にかけないで抱きすくめてくる不老の友を、僕はどうにか旅館へ入れた。もちろん、友の連れらしき二人組も一緒にだ。
旅館のロビーは昼過ぎで、フロントマンしかいなかった。
「…カノ、あいたかった」
素直に感慨を述べるキキョウが、鼻面を僕へ擦りつけてくる。
「キキョウ、それくらいにしときなよ」
「先に俺たちの紹介をしてくれると助かるんだけれど」
二人組が、互いを補完するようにさらりキキョウへ言を発した。透徹に澄む風の音色、ほろ甘く胸に残る美しいテノール。キキョウと同じくらいの年に見える少年たちである。ただし気配は並大抵のものでなく、やや不機嫌に顰められた小さい方の眉間、黒曜の瞳を緩めて苦笑する綺麗な方の口許、どちらもキキョウと同種の何かを醸しだすのは明白だ。
「…紹介」
キキョウがやっと、僕の胸から顔だけ上げた。黒い方へやたら従順なようだ。口内で幾度か反芻し、こてんと首を傾げてみせる。
「…えっと、カノ。アス。ルー」
「――キキョウには大役すぎたんじゃない?」
「とフォローしてやる辺り、何度も言うけれど本当にキキョウへ甘すぎる。いい加減俺も面と向かって嫉妬のひとつもするべきだろうか」
「あんたほど溺愛はしてないつもりなんだけど」
「俺は例えるなら親子の親愛。そっちはどうやら超越しているように思うけれど、キキョウと俺とどっちが大切かなんて、答えが恐ろしくてとてもじゃないが聞けないだろう?」
「あんたがそう察するんならその通りなんじゃないの。さ、キキョウ、このスッポンは置いといて」
「…スッポン? アスは亀さん?」
「それぐらいしつこくてねちっこいってこと。最低な男の代名詞」
「……ええと、いいかな、名を名乗っても」
仲裁するタイミングをしばらく逸していた僕は、キキョウが場を和ませた機会にと慌てて口を挟みこんだ。
小さい方がしぱしぱと二度瞼を下ろす。よく見ると誤魔化しようのない清らかな若葉色だ。こういうのを碧緑というのだろうか。またはエメラルド、あるいは翡翠。
「あんたのことは知ってるよ」
「失礼、元ファレナ女王国が王子、カノンアシュリイ殿。俺はアスフェル・マクドール」
黒い方から優美に差し出されるのは左手。礼儀を知らぬのではなく、それで僕へ事実を伝えんとするものだ。赤月帝国を滅し、今なお栄華を誇るトラン共和国を打ち立てたうら若き解放軍主、稀代の英雄。右手に宿す真の紋章。 僕は左手で握手を交わした。


天魁星ズを集合させたく、手始めに坊ルク王子よん…ですでに失敗。
20090328