「あんたが……アスフェル=マクドール!?」
「声が大きい」
アスフェルはぱんとルックの口を左手で覆った。
口どころか鼻、顎までもすっぽり包まれるほど大きい手のひらに、ルックは思わず齧りつく。
「痛っ」
「だって、あんた、こんなことしていいわけが!」
「それはお互い内密に、だろう?」
「……っだけど!」
自分とアスフェルでは何もかもが違いすぎるではないか。
摂家の長男がこんなところで、こんな時間に、武器を構えて。
余程の緊急事態であるか、余程博打が好きなのか。
綽々とした表情からは後者の味しか伝わらず、ルックは焦りに唇を噛む。
「ちょうど良かった。俺も、後宮へ通う口実が欲しかったんだ。ルック」
アスフェルは音もなく立ち上がる。
くるりと棍を華麗に回し、ルックへ顔だけ横向ける。
実にうつくしく、妖艶、且つ精悍。
すべての要素を併せ持つ姿で、アスフェルはルックのためだけに微笑んでみせた。
「俺の妾じゃ不満かな」
「――はぁ!?」
「ルックは弘徽殿の情報が欲しいんだろう? 俺を利用するといい」
「じゃなくて、あんた、正室は」
「まだそんな女性がひとりもいないって知っているだろうに。……ああ、その心配は、ないよ」
「……何、言って」
「男相手に振りだけでも押し倒したりはしないから」
ルックは今度こそ飛び上がった。
ばれていたのだ。
先ほど感じた胸元への視線、いくら帯を分厚く締めてもそこが貧しいのとないのとではやはり盛り上がり方に違いが出るのだろうかと、ルックは左右へ手を遣り触れる。
ぷっとアスフェルが笑い出した。
「そこで気づいたんじゃないよ。顔立ちだとか、殺気とか。あと、俺の棍を受けられる女なんてそうはいない」
「……これも、内密に?」
「そう、内密に」
開き直ってルックが問うと、アスフェルはくつり、喉を奥だけ震わせる。
ルックはたおやかに唐衣の裾を払って笑んだ。