「リツカ!!」
蹴り開けた、といってもひ弱な彼にそんな荒業のかなうはずはなく、ごつんと蹴った扉を横からリッチモンドに開けてもらったわけであるが――ルックはリーダーを怒鳴り起こした。
「ん……ルック」
「何、真ッ昼間から寝呆けてんのさ!!」
「あったかいねぇ」
「とぼけんじゃないよ!!」
「んんー?」
ぽふん、とほっこり伸びやかな欠伸。腹に抱えていたムクムクがくすぐったそうなくしゃみを寄越す。腕を天へ柔らかく回し、執務机に突っ伏していたため強張った首をぐるりほぐして。
そこでようやく、リツカはリッチモンドの姿を認めた。――顔中、引っかき傷でずたずたの。
「……えぇっと」
「そういうことだな」
「そーゆーことってリリリリッチモンドさんん!?」
「観念しなさいや」
「ええええぇぇぇ!!」
肩を竦めるリッチモンドが扉をゆったり閉めてしまう。警備兵は外に待機したきりだ。リッチモンドに依頼したのは隣で青筋を何本も立てている風の申し子がプロフィール、シュウの勧めで軍資金の足しになるよういい感じの写真もつけてとお願いしてある。
バレたのか。
閉まると同時、扉を殴るようにして、ごうと風が渦を巻いた。
「ある程度の手加減はしてあげるから、大丈夫だよ」
死なないよ、と同義の宣告。いつも嫌味ったらしい薄笑いまたは完璧なまでの無表情しか浮かべていないはずのルックが、どこか穏やかな、それでいて悪戯っぽい、つまり今の状況においては最も凶悪な笑顔を唇の上にさっと刷く。緻密な魔力制御ほど支えに用いるというロッドはルックの右手で正常に作動。いつもは空虚に透ける翡翠が今は爛々と燃え盛る。
「だって……っ!」
「なにさ」
「だって前だって!」
保身がさらなる悲劇を生むと、リツカに想像できただろうか。
「だって三年前も何とかきのこ先生がそうしてたよってアップルがーー!!!」
「……マッシュね」
「……あっ」
「ふぅん、そうなんだ」
「え」
「その机に僕の作った書類はないみたいだから、多少血飛沫がついたとしてもさしたる問題にはならないよね、むしろあんたのきったないサイン代わりにしてもいいんじゃない? ねぇリッチモンド」
「……」
「……」
「それと、その動物を逃がすくらいの温情と猶予は与えてもいいよ。マントどころか毛皮も赤くならないうちに」
「……」
「……」
ルックは怖いと、リツカが思い知った瞬間だった。