「あ、切れてる」
何の感慨もなくぽつりと漏らされた声を、僕は驚くほど鮮明に聞き咎めた。
彼がぶんと剣を振り払えば血糊がべしょりと払われて、魔物のものだけでない赤の雫が剣を伝って岩肌へ滑り落ちる。
僕は有無を言わせず右手の紋章を光らせた。
最近使えるようになったばかりのレベル三魔法、払暁の輝きだ。
ふわり、独特の高揚感が右手に集う。
途端に前衛を守るリヒャルトの周囲、ざあっと光がすり抜けて、彼の腱まで切断された右手は瞬くあいだに完治した。
「ありがとー」
彼はからりと礼を言う。
僕は会釈で彼に応じる。
……本当は、ちっともありがたがってなんかない声音。
彼が傷身、平気で剣を振るうのも、空恐ろしいくらいの勢いで敵陣へ突撃するのも、すべて彼が己へ労わりを持たないからだ。
少しでも体を大事にすればあの鬼神のごとき強さは生まれない。
恐怖、痛覚、躊躇、善悪、そういった僅かな人間らしさを、彼はひとつも持とうとしない。
それこそ彼の強さでもあり、彼の欠陥たる所以でもあるのだ。
もしかしたら僕は、そんな彼を全否定したくて、いつもリヒャルトを連れて歩くのだろうか。
僕の右手は誰も傷つけたくない僕の心を読み取ってくれる。
だけど僕はまだ怖い。
死にたくないと、いつでも望む。
僕は彼の向こう見ずな強さに独り哂って……、弱さを受け容れたいのかもしれない。
僕は、何も守れないくらい、弱い。
「うん、それで、いいんじゃない?」
弱音を吐いたらリヒャルトは笑って、ロイは何故だか涙を流した。
僕の護衛が凶刃に斃れたことをロイは執拗に僕のせいだと糾弾してくる。
「いいわけあるかよ、ボケ……っ」
「……泣くなよ」
「別に、泣いても、いいんじゃない?」
ロイが怒って、僕が宥めて、リヒャルトが奇妙に話を締める。
誰もが少しずつおかしくて、でも誰も、誰が正常なのか分からない。
戦争はひとを狂わせる。
ファレナの大地を蝕む戦争、そのほかにも数多氾濫するいくつもいくつもの終わることなき深い諍い。
最も戦争に深く関わる傭兵旅団、最も多く人を殺める剣王は、……少なくとも最もまともに受け答えのできる、最も壊れた若者である。
僕はそんな彼を癒すことで、王家としての、国家を回復させ得る王子としての、自信を回復させているのだろうか。
「……あ、剣が持ちにくい」
「ちょっ、おま、腕取れかけて……っオイうすのろ王子!!」
「はいはい、――払暁の輝き」
彼はそこまで知ってか知らずか、いつも大きな重傷ばかりを負うのであった。