「い、った……!」
ルックが眉を顰めて言った。
暫時アスフェルは動きを止める。
季節は盛夏、所は屋外。ふたりとも、衣類をひとつも着けていない。ルックは背中から臀部の谷間まで汗の流れを滴らせ、アスフェルも鎖骨の窪みに露の溜まっているのが見て取れる。
ルックはアスフェルにがっちり抱え込まれた右足をぎりと睨みつけていた。
「痛いってば」
「仕方ないだろう」
「何その諦観、僕の痛みごとき所詮他人のあんたにはどうでもいいってわけ? それとも自分は僕のなんか比にもならない激痛をいくつも味わったんだからって逆不幸自慢? ふん、随分と傲慢になったことだね、被ってる猫がいったい何百匹にまで膨らんだんだか数えてみたら? 第一これ誰のせいだと思ってんのさ、って、ちょっと、だから痛いってアスフェル、痛っ」
よくもここまでというくらい見事に管を巻く。そして盛大に顔を歪めてみせる今夜はいやに幼いルックを、アスフェルはしばらく手を止め凝視した。
かわいいなあ、と思っているだなんて。ばれたらまた今以上に小うるさくぴーちくぱーちくさえずるのだろう。そしたらもっとかわいさが募る。ルックにすれば悪循環、でもアスフェルは喜び以外に得るものがないのだ。独り勝ちである。
アスフェルは強いて軽薄に、口角を斜めに持ち上げて、ただ誰のせいだという問いへ対してのみ回答を呈すことにした。
「情欲?」
「……最、っ低」
案の定ルックは相当拗ねて、ぷくうと頬へ空気を詰めるやそっぽ向いてしまった。
かわいい。本気でかわいい。さっきまでぎんぎんに使いまくったはずの一物が再び使えるくらいにかわいい。かわいくて愛しくて、ともに世界を巡ること数年、飽きのひとつも来たためしがない。
今晩はもひとつ怒らせてやろう。夏の夜は寝苦しいからどうせふたりともまともに眠れやしない。それなら好きなだけ怒らせて、日が昇るまでに十分残された長い薄明の時間をもって、思う存分甘やかしてやるのもたまには良い。
思い定めてアスフェルは火種になりそうな言葉だけを選び出す。
「夏は暑いからヤりたくないって駄々を捏ねたのはルックじゃなかったか? 今夜久しぶりに抱いてもいいって言ったのもルック。だから足を攣ったのはひとえにルックが、――感じすぎた、せいじゃないかな」
「な……ッ」
「聞こえなかった? ルック、感じすぎて、大変だっただろう。あんなに何回も」
そこから先は、白い手に己が口腔を遮られ、言に出すこと叶わなかった。
そろそろ甘やかしてやろう。アスフェルは表情を変え、ルックが好むと知っている飾らない真顔に移行する。好きだ、心で何度も思えば瞳は勝手に緩むよう。攣った右足をほぐしてやるのは一旦止めて、その代わり、そうっとルックの頭を撫でる。
「……機嫌取ろうったって……」
ルックはごにょごにょ呟いた。しかれどすぐに声は閉ざされ、気恥ずかしいくらい穏やかな翡翠が啓かれる。
「ほどほどに、ね」
アスフェルが言うと、ルックは小さく微笑んだ。
「お互いに、ね」