「ルック」
何度も呼んで、呼ぶたびに微笑む男の顔を、ルックは呆れ眼で見やる。
「用もないのに気安く連呼しないでくれる?」
「ああ、分かったよ。ルック」
思い切り眉を顰めて苦情を叩きつけたところで相手は明らかに生返事。こそばゆい感情へ戸惑うルックをとうに見抜いているのだろう。そういう男だ、アスフェルは。
そしてアスフェルはついに旋律をつけてルックルックと口ずさみ始めた。ルックは思わず拳を繰り出す。もちろん難なく大きな手のひらへしっかり包まれてしまったけれど。
「だいたいあんたは何がそんなに楽しいの」
「やっと恋人を連れて里帰りができるかと思うと」
「あんた実家で何言う気?!」
「十五年は長かったって」
「それ本気で口にするならバンダナの先まで切り裂くからね!」
ルックは目つきに苛立ちを乗せる。が、アスフェルは横で眦をだらしなく緩めて嬉しそうに笑うのみ。まさしく糠に釘である。
路傍にある道案内の標識をもう見る必要もなくなったのか、アスフェルは二股の分かれ道を迷わず右へ歩き出した。すると間もなく行く手に城門が見えてくる。今はトラン共和国の首都となったグレッグミンスターのものである。
「ルック」
「だから何の用さ」
本当は、呼ばれるたびに、どんな表情を返せばいいのか分からずまごついてしまうのだ。拳をアスフェルに掴まれたまま思わず目線を外すルックに、アスフェルは小さく微笑んで言う。
「ルック。俺の声が届く距離に、ルックはずっといてくれるだろう?」
「ま、」
まさか。反射的に天邪鬼な答えが口内へ上る。
「……まぁ、ね」
けれど、握られた拳がそうはさせてくれなかった。