艶花





ぎゅ、とキキョウがしがみ付く。
そういう時は、たいてい私の首や鎖骨へもやう肌の匂いを必死になって嗅いでいる。
「――安心、したか?」
「…ん」
キキョウは己に覆いかぶさる相手を確認したがる。ただし、その水色に揺れる目へ映るものはなかなか信じられないのだという。紋章の見せる幻とごっちゃになる、とは、珍しく本人から切り出した言い訳だ。
……いや、言い訳でなく真実だろう。嘘などつけるはずがない。
「大丈夫か?」
「…うん」
言葉少ないキキョウの肯定はいつもまっすぐ私を射抜く。故国において、これほどまでに混ざりけのない応えを聞いたことなどあっただろうか。キキョウは表も裏もない。ごく薄く張られた氷のように、あるいは蜻蛉が伸ばす羽のように、そこへは濁りも、自我すら含まない。
キキョウの瞳が閉じられたのを了承の合図と受け取れば、キキョウは途端に艶花へ変ず。私は彼をできるだけ大事に扱う。
故国に戻れなくても構わない。
私はキキョウへ、ただ没頭した。


トロよんでした。4とラプの間くらいのつもりです。
20061003