「っつ……」
右足の爪先を地面にそっと付けただけで、痛みが脳天を貫いた。まずい具合に挫いたようだ。アスフェルは棍を杖代わりにして自室への階段をのろのろ上る。
足を捻ったのは刺客を撃退した時だろう。夜遅くまでマッシュの部屋で作戦を打ち合わせた帰り、たかだか同じ建物内の短距離移動で警護兵を呼ぶのも申し訳なく、アスフェルは一人鼻歌交じりに城内を闊歩していたのだった。
念のためにと武器を持参していたのが幸いした。でなければさすがのアスフェルといえど手練の刺客三人を相手に捻挫程度では済まない。
明日の朝一でルックに魔法をかけてもらおう。そう考え付けば、なぜか捻挫が怪我の功名に思えてきた。別にルックと特別親しくなりたいとかそういうのではないが、放っておけないというか、構いたくなるというか、自分をもっと見て欲しい――ああ、それはつまり、俺は彼の特別になりたいということじゃないか。なぜだろう。
階段はまだ残り二十段以上もあった。ふら、と一瞬眩暈を覚える。明日の朝一まで痛みを我慢していられるかも危ういようだ。あと二十数段を上りきる自信がなくなってきたくらいだから。
「……ったく」
「――う、わッ!?」
いきなり体が宙へ浮いた。同時に青臭い呆れ声。痛みに気を取られ、背後の気配にまったく気付いていなかったのだ。アスフェルは慌てて咄嗟に手近なものを掴む。手放した棍がからんと壁に当たって止まる。
見れば、青いマントだった。
「フ――フリック」
「足。靭帯切れてんのか?」
「……ただの捻挫だと思うけれど……」
肩と膝の裏をそれぞれ腕で支えられ、フリックの胸に自分の頬がくっ付いている。いわゆるお姫様抱っこ、横抱きにされているのだ。アスフェルはらしくなく戸惑った。こんな抱き方、女か乳児にしてやる種類の、俺はそこまで華奢な体型じゃないはずだ。しかし暴れるだけの気力がすでに残っておらず、次に足へ体重をかけたら神経が焼き切れそうな気がする。フリックの言う通り、靭帯を切ったかもしれない。
フリックはアスフェルをお姫様のように抱えたまま階段を難なく上り始めた。
「衛生兵ももう寝てるだろ。お前の部屋、湿布とか添え木とかあるか?」
「……いい、自分で」
「こんなに腫れてりゃ部屋の中もロクに歩き回れないぞ」
その通りだった。足首が熱を帯びている。服越しにも分かるくらい腫れ上がって瘤のようになっている。たった三人とやり合ってこのザマとは情けない。疲れが溜まっていたのだろう。
棍は、と言いかけてアスフェルは止めた。お節介なフリックに抱かれ、フリックの動きに合わせてゆらゆら重心の動くのが、何だかひどく心地よかった。フリックはこんな性格だから今夜は甲斐甲斐しく面倒を見てくれそうだし、よもやこの期にアスフェルの寝首を掻くほど器量が良くはあるまい。
アスフェルはこてんとフリックの胸に頭を預けた。
「たまには甘えとけって。リーダー」
兄貴風を吹かそうとするフリックの、青臭さが頼もしかった。